第22話負けない戦い。
ロック・キャリバーを強奪しようとした連中の計画では、あらかじめ山中に歩兵
混乱に乗じて歩兵殲滅部隊を急襲させ、キャリバーに随伴する歩兵を殲滅した後にキャリバーを孤立させる。
時同じくして山の麓に設営された作戦本部も急襲し、これを制圧。人質に取ってキャリバーを投降させるはずだった。
・・・・・・ところが。
山岳機動小隊を率いる1号機のパイロットであり小隊長でもある日向・鷹子大尉が訓練用ターゲットドローンを見落としたと勘違いし、隊形を変更するフリをして引き返したが為に、予定よりも早くグリズリーと接触。交戦状態に入ってしまった。
小隊は目論見通り混乱するも、予定地点よりもはるかに標高の低い位置にいるため歩兵殲滅部隊の到着を待たずしてグリズリーは撃破され、早々に下山を許してしまった。
深い山中にて歩兵殲滅部隊による遠い遠い追撃戦が始まった。
一方の作戦本部制圧部隊はというと。
グリズリーのフライング行為により、強奪作戦は全容までもが見透かされ、作戦本部に迎撃態勢を整える時間を与えてしまった。
さらに、ただ飛行しているだけのダミードローンを警戒監視用モニターを兼ねたドローンと勘違いし破壊してしまった事で攻撃を開始した事を知られた挙げ句、警備用に設置されていた指向性音響地雷に引っ掛かり侵攻方向までも知られてしまう。
おまけに交戦時間が長引く中、乗ってきた車輌を対戦車ヘリによって全て走行不能にされた為、逆に混乱を来している始末・・・。
って、こんなグダグダな強奪計画、どこの3流国家が仕掛けて来たんだ?
山中では、たった3機のキャリバーの影に30人もの武器を持たない隊員達が身を隠しながら下山を試みていた。
無茶な話だ。
戦車よりも遙かに投影面積の小さな人型ロボットの影に大勢が隠れられる訳も無く、今でも負傷者は続出している。
この状況、死者を出していないだけでも奇跡と言える。
「本部、至急応援を願う!本部!」
何度も何度も応援要請をしてくる鷹子の声が悲痛なものへと変わりつつあった。
「こちら作戦本部。応援要請には応えられないが、主砲の発砲を許可する。繰り返す。主砲の発砲を許可する」
本部からの通信に、鷹子は我が耳を疑った。
「主砲の発砲?ですか?」
訊き返す。
作戦本部でも美鈴が「さっき主砲は撃てないと仰っていたではありませんか」前言を覆す少佐の命令に納得できない。
「だから主砲の発砲を許可したのよ。向こうも主砲の発射は非常識と考えているはず。敵のウラをかくのは戦の定石よ」
あえてリスクをチャンスに変えるつもりなのだ。
「2号機了解」「3号機了解」
鷹子以外は冷静に命令を遂行すべく主砲を山の上方へと向けた。
山中の木々に遮られ、体温を探知するサーモグラフセンサーはさほど役にも立たない。
が、銃撃する際に見せるマズルフラッシュで敵の位置はおおよそ把握できる。
そこへ37口径105ミリライフル砲の砲弾をブチ込んでやる。
敵兵が見るのは、マズルフラッシュどころではない。
轟音と共に実弾と同じ質量の模擬榴弾が木々を衝撃波で木っ端微塵に粉砕してゆく。
キャリバーには模擬榴弾(榴弾とは名ばかりだけど弾速エネルギーは実弾と同じ)がそれぞれ12発搭載されている。
形勢は一気に逆転した。
機関銃を撃とうものなら100倍返しで砲弾が返ってくる。
敵はもはや戦意を消失し、一発も発砲することなく散り散りになって退散していった。
「やれやれだわ・・・」
逃げ行く敵兵をセンサーで見届けながら、鷹子は安堵のため息をついた。
そして思う。
逃げ帰る足も失った彼らが投降してくるのは時間の問題だろう。
実戦さながらの型式を取って行われた評価試験は、突発的な実戦が発生した事により、より実践的なデータを採集して終了を迎えた。
数日の後。
空腹に耐え切れなくなった強奪&制圧部隊のメンバーたちは揃いも揃って皆が投降し、キャリバー強奪事件が同盟国の犯行である事が明らかになった。
加えて、訓練の内容を事前に知っていたハジャディン・ディブ教授が、同盟国のハニートラップに掛かり情報を漏洩していた事が発覚、その日のうちに教授職を解雇、警察に逮捕された。
彼の進めていた研究開発は、彼の下で働いていた准教授たちに引き継がれ、問題無く今も継続されている。
黒石・アネット・恵子陸士少佐は、防衛群敷地外での発砲行為の責任を取ってロック・キャリバーの開発チーム主任職を解任。
さらに、演習場敷地内とはいえ、本来待機しているはずの班に実弾を携行させた上に警護任務に独断で就かせた責任も追及されたが、結果的にキャリバー強奪を阻止したので、その件については演習の一環としてお咎めナシとなった。
9ヶ月後。
テレビにニュース速報が流れた。
長野県に突如出現した”穴”から2体のイーターが出現し、1体は避難が完了した市内で撃破。もう一体は山中へと逃げ込んだが、初出動した山岳機動小隊によって撃破されたとの事。
食堂で昼食中にそのニュースを見た楓と美鈴は思わずお互いの顔を見合わせ湧き上がる嬉しさに笑みを見せ合った。
ところが。
テレビの映像に映ったロック・キャリバーの姿を見て2人は唖然とした。
"マタギ”じゃない。
それもそのはず。
今回イーターを撃破したロック・キャリバーこそ企業と陸防とが共同で正規開発をしていた機体だった。
外観も少し大きく装甲も見た目からして、しっかりしたものを纏っている。
明らかに積載重量を大きく上回っていると見て取れる。
おそらく、マタギよりもさらに強力な電導性伸縮ゴムが導入されているのだろう。
右腕の主砲はマタギよりも口径の小さなものを搭載。
マタギの時点で、すでにイーター相手にはオーバースペック気味で、機体の負担を軽くするために、より低反動のものに切り替えた模様。
驚いたのは胸部から銃身が生えている事。つまりあのロック・キャリバーは副武装を胴体に内蔵しているのだ。
「な、何アレ?」
言葉が出ない。
自分たちが寝る間も惜しんで開発に勤しんだ機体こそがこの国をイーターの脅威から護ってくれるものとばかり思っていたのに、せめて雛形と思っていたのに。
頼もしくテレビに映し出されるロック・キャリバーに、見る影すらない。
あんなに苦労して開発したものが、ただAIに学習させるためだけのものだったなんて。
開発を指揮していた教授は逮捕されてしまうし。
努力とは万人が報われるものではない。
それを今、まざまざと見せつけられた。
肩を落とす楓に美鈴が声を掛けてきた。
「見てみて、湊さん!」
その声はとても嬉しそうに。
楓は勧められるままテレビの画面へと目を移した。
そこにはロック・キャリバーから降りてきたパイロットたちの姿が映っていた。
寝住・岳大尉と日向・鷹子大尉の姿がそこにあった。
手柄を皆横取りされたものと落胆していたけれど、あの2人の姿を目にすると嬉しさのあまり涙が出そうになった。
私たちと一緒に頑張ってきた人たちが、今は現場で頑張っているんだ。
応援だけで済ませるものか。
「今度はアイツを造った企業に就職して、アイツよりスゴいキャリバーを造ってやるんだ」
楓は美鈴に強い思いを語り聞かせた。
―山岳機動小隊― おしまい。
山岳機動小隊 ひるま @belta3sw
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