第21話籠城戦。

 山中での実戦形式を取った最終評価試験は、思わぬ方向へと迷い込んでしまった。


 山岳機動小隊と指揮を執っている作戦本部が、同事に敵の襲撃を受ける危機にさらされているのだ。


 作戦本部では敵の攻撃に備えて、オペレーター以外皆身をかがめて備品の陰に隠れている。


「少佐!本部周囲に対空しているドローンの消失ロストを確認。南西部に配置していた4番、続いて5番のロストを確認」


「ドローン?この作戦本部の周囲にもドローンを配置して何を捜していたのですか?」

 てっきりドローンの任務が、ターゲットドローンの捜索だけだとばかり思っていた。


「周囲に対空させているドローンはいわゆるダミードローンで、敵は索敵されているものと勘違いして撃ち落としたようです」

 少佐の代わりにドローンオペレーターが説明してくれた。


 敵本体にしろ、狙撃手スナイパーにしろ、敵がこの作戦本部に近づいている事だけはハッキリした。


 ドォォーンッ!!南西位置から爆発音が鳴り響いた。


 突然大きな音が鳴ったので、皆が一瞬首を引っ込めた。


「クソッ!何て手荒い連中だ。バズーカ砲か何かで攻撃してきていやがる」

 敵の攻撃が始まったと、元哉は自らを奮い立たせるべく、あえて強い口調で言い放った。


「いえ、あの爆発音は我々が仕掛けた指向性音響地雷のものです。音は発しますが、爆発はしません」

 *日本は1999年よりオタワ条約(対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約)の効力を発生させた為、すべての対人地雷を破棄している。


 しかしながら専守防衛にはブービートラップが欠かせないため、陸防では殺傷能力を持たない、単に爆破音を発するだけの音響地雷を装備に加えている。


 指向性音響地雷とは、音響スタングレネードに指向性を持たせたもので、結局音は周囲に鳴り響かせてしまうものの、設置方向から敵の侵入方向を割り出せるため、警報器のみならず探知機としても重宝する。


「そんなものを仕掛けておいたのですか・・・」

 何とも準備のよろしい事で。


 感心している中、外では銃撃戦が始まった。


 敵は機関銃で攻撃を仕掛けているのに、応射の発射音は単発に聞こえる。


 保有弾数が少ないために節約でもしているのか?


 楓たちは護ってもらっている身でありながら、とても心細く感じた。


「これじゃあ、ここを制圧されるのも時間の問題じゃありませんか?」

 周囲を警戒している少佐に訊ねてみる。


「籠城戦なんて、これで十分なのよ。すでに応援要請はしているし、20分ほど持ちこたえれば味方が駆け付けてくれる」

 その20分もの間、この恐怖に耐えなければならないのか・・・。


 ますます心細い。


「こちらミミズク。本部、応答願います」

 すでに敵からの攻撃にさらされている中、ミミズクは何を報せに来たのか?


「車輌の周囲に人影ナシ。繰り返す、人影ナシ」

 だから、その人影とやらは、小隊と本部を同事に襲撃しているんだって!


 言いたい気持ちを抑えつつ、楓は両手で耳を塞ぎ、強く目を閉じた。


「こちら本部、ちょうど良かったわ。車輌に最寄りの警察官が到着していなかったら、全ての車輌の後部を撃ち抜いて走行不能にしなさい」「しかし、ここは演習場の外です」「構いません、全ての責任は私が取ります」


 何?このやり取り。

 

 両手で耳を塞いだまま、かろうじて片目を開いて少佐たちのやり取りを見ていた。


 対戦車ヘリと通信できるのなら、さっさと助けに来て欲しい。


 敵の足止めなど、敵を追い払ってからでも良いじゃない。


 そう願ったのは間違いだと、楓は思い知らされた。


「どちらが狩られているのか、敵に思い知らしてやりなさい」「了解」

 一瞬、ヘリパイロットの応答する声が高揚しているように聞こえた。


 機関銃や小銃の軽い音があちこちから鳴り響いている中、ブォォォと明らかに腹に響くような低い唸りが耳に届いた。


 しばらくした後。


「音が・・止んだ?」

 機関銃の音が鳴り止み、驚いた表情を見せる元哉が耳から手を離した。


「おそらく車輌を監視していた仲間からの連絡が入ったのでしょうね」

 いやいや、さっき車輌の周囲には人は居ないと対戦車ヘリの人が言っていたではありませんか。否定しようとしたら。


「山岳機動小隊を攻撃している連中、今頃どんな顔をしているかしら」

 車輌を見張っておくのに、わざわざ近くにいる必要は無い。


 むしろ現在山岳機動小隊を襲っている連中の中に監視している者がいるとしても不思議ではない。


 山から平地を見下ろせば良いのだから。


「帰りの足を失った程度で浮き足立つなんて、随分と程度の低い連中ね。さて」

 敵が去ったと報せも入っていないのに、少佐は立ち上がると山岳機動小隊のモニター画面に目を移した。


 すでに各キャリバー周囲に滞空させているドローンは全て撃ち落とされているようで画面にノイズが走っている。


 入ってくる映像は、各キャリバーのものだけ。3つしかない。


「こちら作戦本部、日向大尉、応答せよ」「こちら1号機。現在敵の攻撃を受けつつ後退中」

 実弾を持たない山岳機動小隊には応戦する手立てが無い。


 キャリバーの装甲だけが命綱だ。


 1号機から送られてくる音声の背後には激しい銃撃音が聞き取れる。


「こちら1号機。小隊の負傷者多数、応援を要請します」「こちら作戦本部。こちらからは応援は送れない。こちらもたった今、敵との交戦を終えたところだ」

 事実、死傷者の確認も行っていない。


 お互いに死者を出していない事を願う。


 !?


 3号機のモニターへと目を移した美鈴が、思わず顔を背けた。


 そんな彼女に釣られて、楓もモニターに目を移す。


 モニター画面に映るのは。


 手榴弾による攻撃を受けて全身血まみれになって倒れる陸士隊員の姿が映っていた。


「少佐!みんなを助けに行って下さい!」

 反射的に少佐に懇願をしていた。

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