第20話俺は上でお前は下だ。
山岳機動小隊は被害を重傷者1人に留め、グリズリー退治に成功した。
鷹子の搭乗する1号機のカメラを随伴歩兵が洗浄している中、2号機のモニターから送られてくる映像が作戦本部へと流された。
随伴歩兵たちがメジャーを取り出してグリズリーの死骸を測っている。
やはり体長3メートルを超える大型のオスのグリズリーだった。
それにしてもと、鷹子はようやく溜め息ひとつついた。
どうして日本に生息していないはずの
その上、自分よりも遙かに体の大きなロック・キャリバーに向かってきた理由も掴めない。
そんな中、周囲を警戒中の2号機班の随伴歩兵の一人から通信が入った。
「山中に血痕を発見。血液の量はおよそ200ccと思われます。ん?こっちにも血痕が」
随伴歩兵のやりとりをモニターしていた作戦本部の楓は思わず嗚咽しそうになった。
先ほどの少佐の言葉が、楓たちの脳裏をよぎる。
あのグリズリーが人間の味を覚えたという事は、この山中で、すでに熊に襲われ食べられてしまった人間がいるかもしれない。
ダメだ・・・。
もしも、そんなショッキングな映像が流れでもしたら、失神してしまうに違いない。100%の自信を持って気絶してしまうと断言できる。
だが、その心配は無用となりそうだ。
「作戦本部、空の輸血パックが落ちています」
その通信に、思わず「どゆ事?」少佐へと向いた。
「もしかして・・・」
少佐は手で口を覆いつつ考えにふけっていた。
と、突然、何かを思いついたかのように、勢いよく通信マイクを手に取った。
「各員に告ぐ!敵襲に備えよ!山岳機動小隊はロック・キャリバーを盾にして直ちに下山せよ」
命令を下しつつ、黒石少佐は自動式拳銃をホルスターから取り出すと弾の装填を確認した。
「少佐・・・」
心配そうな眼差しを向けていた九宝少尉へと少佐が向いた。
「少尉、各員にすぐさま迎撃の準備に取り掛かるよう指示なさい。もうすぐ敵はこの作戦本部を占拠すべく襲撃してくるはずです」
民間人の学院生たちがいる手前、声を張る事無く命令を下す。
時間が惜しいと気が急っているのが学院生たちにも見て取れる。
「通信兵、司令部に増援を要請。敵の数は不明だが、相手は人間だと伝えろ」
この時点で、どうしてか、少佐は"敵は人間”だと断言した。
「少佐、質問してもよろしいですか?」
大変急いでいる相手に、とても申し訳ないと思いつつも、質問せずにはいられない。もう、何が何やら。
どうしてグリズリーの出現に人間が繋がるのか?とにかく説明を求めたい。
「敵が人間とは、どういう事なのですか?」
美鈴が代表して質問をした。
「おそらく敵は、山岳機動小隊よりも標高の高い場所に潜伏していると見て間違い無いでしょう。彼らは薬で眠らせておいたグリズリーをおびき寄せるために、輸血パックの血液を蒔いて任意の場所へと誘い込み、遭遇した小隊の混乱に乗じて奇襲を仕掛けてくる予定だった、と私は見ている」
確かに少佐の言う通り、小隊はグリズリーの出現に混乱を来した。
でも、少佐の言うような奇襲など受けなかった。事実、少佐は"奇襲を仕掛けてくる予定だった”と留めている。
何か、敵にとって不測の事態でも生じたかしら?・・・美鈴は目を閉じしばし考え込むと、はたと小隊が取った”ある行動”を思い出した。
小隊は、途中でフォーメーションを変更している。
「もしかして・・・あのフォーメーション変更が・・・」
言いかけたものの、果たして、この発想を口にして良いものか?
作戦指揮を執っている少佐の前で、『日向大尉がターゲットを見落としたと判断して探しに戻ってしまったのでは?』と言って大丈夫なのか?
美鈴の固まった表情を見透かしたかのように、「貴女が思っている通り、日向大尉が引き返してしまったばかりに、グリズリーとの接触が予定よりも早まってしまい奇襲に間に合わなかった」
いや!断じて口にはしていません!これで鷹子が少佐から咎められようものなら、それはとばっちりでしかない。・・・と美鈴は心の中で強く訴えた。
「でも少佐。どうしてわざわざ挟撃なんて仕掛けてくる必要があるんです?グリズリーと共に一斉に押しかけてくれば皆さんはもっと混乱したのに」
「誰がそんな決死隊みたいな作戦に出るものですか。人間の味を覚えた野生動物が人を選んで襲うとでも言うの?」
なるほど。それでわざわざ先回りして待ち構えているという訳か。
納得するも、ここで一つの疑問が浮上してくる。
そもそもその作戦では、小隊が反撃してこない前提で組まれている事になる。
実戦と同じく兵士達が皆実弾を持っていたら、体長がデカくともグリズリーなどいとも簡単に返り討ちにしてくれる。
「どこまで情報が漏れているかは分からないけど、小隊が実包を装備していないのは敵に知れているようね」
早々に下山命令を出しておいて正解だ。
敵はもう、小隊がグリズリーに出くわした事を察知して動き出しているだろう。
こちらは怪我人の手当や1号機の洗浄に手間取り出遅れている。
敵に追いつかれてしまうのは時間の問題だ。
「少佐、ロック・キャリバーの主砲で敵に先制攻撃を仕掛けるなんて、どうですか?」
民間人でありながら、楓が非常に荒っぽい手段の提案を持ち掛けた。
すると、少佐は額に手を当て困った表情を見せると。
「貴女ねぇ・・・。マタギって職業の人たちは、熊よりも高い位置からでしか猟銃を発射しないのよ。いい?万が一にでも仕留め損なったら、熊が山を駆け下りてきて、反撃する余地なんて与えてくれないからよ」
敵は熊ではなくて人間なのだが・・・。
しかし、戦いの基本は敵よりも高い位置を取る事。見上げるよりも見下ろす方が格段に視界は広いし、下からの攻撃というものは、銃火器が進化した今の世でも非常に当てにくいものなのだ。
「少佐、全員配置に着きました」「よし」
九宝少尉が状況を報告した。
おしゃべりの時間は終わりのようだ。
「少佐!」「何か?」それでも美鈴は、まだ少佐に聞き足りないようだ。
「こちらの兵士さんたちは実弾を所持されているのですよね。だったら、誰かが小隊の方々に弾薬を送り届ければ良いのではないですか?」
「そうしたいのは山々だけど、敵の狙いは我々を人質に取り、随伴歩兵を失ったロック・キャリバーを投降させる事にある。だから、じきにこの作戦本部も戦場になるわ。でも安心して。貴方たち3人は、我々が命に代えても護ってみせます」
力強い言葉に励まされるも、この場所が戦場になると聞かされたら、気が気でならない。
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