第19話ファントム頼り無い。

 むかーし昔のお話し。

 

 第二次世界大戦後の航空機同士の戦いは大きく変換期を迎えた。


 空対空ミサイルの台頭である。


 機関銃による格闘戦の時代は終わった・・・。


 ところが時代の波はそれほで劇的ではなく、依然緩やかなものに過ぎなかった。。


 それを世に知らしめたのがベトナム戦争だ。


 当時アメリカ軍の最新鋭戦闘機F4ファントムⅡは、とにかくミサイルをたくさん積載できるミサイルキャリアーとして参戦。

 しかし、レーダーでの敵味方識別が出来なかったがために同士討ちをしてしまう事例が発生。


 事故防止に視認前のミサイル発射を禁止するも、視認後では敵戦闘機に思わぬ接近を許す結果を招き、格闘戦(機関砲による戦闘)距離での戦闘を余儀なくされた。


 だが。


 実はF4ファントムⅡ、空中戦の主流がミサイルに移行したものと判断され、機関銃の類を一切搭載していなかった。


 反撃の手段を持たないF4ファントムⅡは一方的に撃墜されていったと記録されている。


 この苦い経験から、F4ファントムⅡの機首下部には外付けされた機関砲が搭載される事となる。



 が。



 人は同じ過ちを犯してしまう性にある。



 ロック・キャリバー"マタギ”は、不要と判断した格闘戦の手段を一切持ち合わせていない。


 熊に襲われる随伴歩兵。


 しかし、熊を追い払う手段が何も無い。


「鉄砲を打って下さい!隊長!」

 鞍馬技術曹から鷹子へ通信が入った。


「鉄砲を撃つって、歩兵と密接距離にいる熊に主砲は撃てない!」


「違います!その鉄砲ではなく、相撲の鉄砲を打てと言っているのです」

 それはマタギに組み込まれた唯一の格闘戦コマンド。正確には、主砲発射モーションでしかないが。


「わかったけど、どうやって当てればいいの!?」

 照準はおろか間合いさえも掴めない。


 切羽詰まった状況に立つ鷹子と打って変わって、惣一は冷静沈着であった。


「隊長、張り手を打った先がそのまま射線になります。ですから、照準を熊にあわせたまま射撃を行えば良いのです。ただし、火器管制をロックの状態にしておいて下さい」

 こうしておけば、熊を照準に捉えられる上に主砲そのものを発射せずに済む。


 早速鷹子は1号機を歩兵に覆い被さるグリズリーの正面へと立たせ、グリズリーの頭部へと照準を合わせる。


 砲撃時以上に1号機の腰を沈めれば、何とかグリズリーの頭部に照準を合わせる事ができた。


 それでもなおグリズリーは無我夢中で歩兵を鋭い爪で引っ掻き襲い続けている。


 唸り声を上げ、グリズリーが頭を上げた。


「どうっせぇーいッ!」

 掛け声と共に射撃モーション発動!グリズリーの頭部へと向けて“突っ張り”が繰り出された。


 作戦本部では鷹子が発した掛け声に、学院生たちが苦笑していた。「本物のお相撲さんみたい」どうやら、美鈴の笑いのツボにハマったようだ。


 だが、現場は悠長に笑っていられる状況にはない。


 なんとか繰り出せた張り手ではあったが、グリズリー独特の長い体毛と分厚い脂肪により的を射る事ができずに、ただ掠っただけにとどまった。


 ハズした感触は張り手を繰り出した鷹子にも伝わっていた。


「な、何?このブヨヨンとした感覚は!?」

 グリズリーの頭部は、堅い装甲に覆われた戦闘車輌とは異なり、骨を筋肉と脂肪で守っている生物だ。攻撃がヒットすれば弾性は働くし、変形もしてしまう。


 仕留め損なった!


 本来、熊は、自分の体よりも大きい生物に遭遇した際、近づかないか、逃げ出してしまうと言う。

 近年、そうした本能を利用して、野生動物からの獣害を防ぐために牛を飼っている里山も増えてきている。が。


 あろう事か、グリズリーは1号機に寄りかかって来ては、激しく牙を立てているではないか。


 その激しいまでの猛攻を目の当たりにし、美鈴と楓は思わず口元を手で覆ってしまった。


「な、何なのよ、コレ。この熊、目が血走っているじゃない」

 あまりにも異常とも言えるグリズリーの凶暴さに、「何このグリズリー、ヤクでもキメちゃってるの?」元哉が軽口を叩いている傍ら、黒石少佐はある仮説に辿り着いた。


「このグリズリー、驚いてキャリバーを襲っているんじゃないわ。今も1号機の中に日向大尉がいるのを知っていて襲っているのよ」

 学院生たちは少佐が言わんとしている事に気づくと、恐怖のあまり大きく目を見開いた。


「この執拗さ。明らかに人間の”味”を知っている」

 作戦本部が静まり返った。



「こちら1号機、弾薬を所持している本部護衛班に援護を要請します」

 鷹子から援護要請が送られてきた。


 現在、実弾を所持しているのは作戦本部を警護している第4班だけだ。


 キャリバーに随行している他の班は、間違っても仮想敵ドローンを撃ち落としてしまわないように全員空包しか携行していない。


 それはマタギも同じく、副武装にはあえて空包のみが積まれている。


 あくまでも主砲による撃破が目的であったがための大いなる失態であった。


 2号機と3号機が現場に到着した。


 とはいえ、物を掴む動作を組み込んでいないキャリバーが2機増えたところで、肝心のグリズリーを1号機から引き剥がす事すらできない。


 主砲を発射してグリズリーを倒すか。しかし、1号機と密接している以上、砲撃する訳にはいかない。


 万が一主砲が1号機の胴体に命中してしまえば即大破は間違い無い。


 砲弾による攻撃に対して、キャリバーは無力に等しい。


「隊員の救助は完了したか!?」

 鷹子の問いに、他の隊員たちから無事に救出したと報告が入った。


「各機、私の事は気にするな。密接砲撃でこのグリズリーを仕留めろ」

 自らの犠牲をもいとわない命令が下された。


 だが、2機は熊に取り付かれた1号機を挟んだ状態にある。


「寝住大尉、鞍馬技術曹、何をしている。早く仕留めないと、いつコイツが他の隊員達を襲いに向かうとも知れないぞ!」

 グリズリーが垂らしたヨダレにまみれるモニター画像に映し出された2機の姿に鷹子は驚きのあまり声を発する事ができずにいた。


 何と、2機は共に砲撃体勢に入っている。


「止めろ!二人とも。コイツに張り手は通用しない!」

 助言空しく、両機が同事に突っ張りを繰り出した。


 鷹子のARゴーグルに映し出された映像は、グリズリーの頭部が両側から張り手を受けて圧壊する瞬間であった。


 それ以降の出来事は鮮血の赤で何も見えない。

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