第18話接敵。

山岳機動小隊の隊員たちは、現在、仮想的の姿も知らされぬまま索敵任務に臨んでいるという事になる。


「それって、無茶苦茶じゃないですか?」

 口に出すつもりは無いのだが、ついつい口を滑らせてしまった。


「私も同じ意見を上層部に述べたわ。だけど、返ってきた答えは『では、生身の偵察小隊に、深い山中でイーターを探し出せと言うのかね?』だったわ」

 どうりで小隊と呼びつつ、かなりの大所帯だったワケだ。


 偵察も兼ねての索敵任務と戦闘を同事に行わなければならないのだ。


 イーター相手の作戦は、もはや遭遇戦でしかない。


 楓たちが呆れている中、随行任務に当たっている戦闘ヘリから連絡が入った。


「"ミミズク”から本部へ。演習場近辺に民間車輌を発見」

 通信中の傍ら「ミミズクだって」


 不謹慎にもコードネームを笑う3人に少佐の鋭い眼差しが向けられる。


「車輌の数は3。運送業者のトラック車輌が2台と黒のワゴン車の計3台。周辺及び車輌内に人の姿は見当らず」

 人影が見当たらないとなると、乗ってきた人数も不明という事になる。


 非常に気にはなるけれど、演習場敷地より外なので陸防には捜査権限は無い。


 少佐は部下に警察へ連絡し、不審車輌を調べるよう依頼した。


「作戦本部よりミミズクへ。車輌の映像をこちらに回せ」

 思い出したかのように付け加えた。


 送られてきた映像を見る限り、トラックとワゴン車のナンバープレートには、どうやら赤外線を反射するナンバープレートカバーに覆われているようでナンバーは確認できない。

 

 しかも透過率が低く、赤外線はおろか、通常画像ですらナンバーを確認できない。まるで、昔のDQN車だ。


 不安が払拭できないこの状況、こちらでも何か出来る事があるはず・・・。


 思案中の少佐は、チラリと学院生たちの方へと見やった。


 まさか、人手が足りないからと、直接様子を見に行かせるつもりなのでは?美鈴は身構えた。


 実際のところ、学院生たちは今回の評価試験中において、ただの観客に過ぎず、試験が終わるまでは、やることは何一つ無い。


 データを持ち帰ってAIに学習させるだけなのだから。


「作戦本部よりミミズクへ。周囲をサーモグラフで捜索せよ。車輌の持ち主の人数と動向を知りたい」

 何だか、嫌な胸騒ぎがする。




 一方の山岳機動小隊は。


 未だターゲットドローンを発見出来ずにいた。


 せめて形だけでも報せてもらえれば・・・。


 一体何を探しているのかさえ定かで無い状況、すでに見落としてしまったのか?と鷹子は不安に駆られた。


 現在、隊長機の1号機を中心に、左翼を2号機、右翼を3号機が担当するアローフォーメーションを取っている。


 アローフォーメーションとは、3機が互いをフォローし合える”やじり”を模した三角陣形である。


「1号機より各機へ。これより1号機班は180度転回の後、Vフォーメーションへ変更する」

 隊長の鷹子は、本来、敵を発見、交戦状態に突入した際に敵を取り囲めるVフォーメーションへと変更した。


 もしかしたら、ターゲットドローンを見過ごしているのでは無いか?と不安に駆られての再確認も含めてのフォーメーション変更であると同事に、作戦本部に”逆アローフォーメーション”と悟られないための姑息な手段でもあった。


 そんな鷹子の意図も知らずに、黒石少佐は彼女の独断行動に一切口を挟む事無く、現場の判断に任せた。


 フォーメーション展開中、先ほどまで殿しんがり(後方警戒)を務めていた2組の歩兵から通信が入った。


 後方に動体を発見したとの事(あえて前方とは言わせない)。


 鷹子は動体の位置を明確にするためにも、発見した隊員を後退させつつ、球体飛行ドローンを先行させた。


 が。


「ヒッ!!」とだけ告げて隊員からの通信は途絶えてしまった。


「2組応答せよ!何が起きた!?現状を報告せよ!」

 しかし、ヘッドホンから聞こえてくるのは装備音を含めた雑音のみ。


 その音声は作戦本部でも流された。


「走っている!?それとも暴れている?」

 楓は目を閉じて耳を澄ませる。


 時折聞こえる唸り声のようなもの。そして激しい息づかい。


 そんな中、通信を入れてきた2組の隊員を視界に入れていた他の隊員から通信が入った。


「熊です!それもかなり大型の。こ、これは!?そんなバカな!」

 先行したドローンから送られてきた映像は、人間が熊に襲われているショッキングなものだった。


 しかもただの熊ではなく、その大きさは3メートルをも超える。


 頭も大きく毛深い。


 しかも、モニター画面を注視していた通信兵が何よりも驚いたのは、熊が本州に生息しているツキノワグマではなく、本来ならば北海道に生息しているはずの「ヒグマです!ヒグマに襲われています!!」だったから。


「いや、コイツはただのヒグマじゃないわ」

 ところが少佐は即否定、ヒグマにしては体長がデカ過ぎる!


 体重も600㎏を超えているかもしれない。だとすると・・・。


 コイツはグリズリー、灰色熊だ!


 ならば、なおさら日本の本州にいる事自体が信じられない!!




 この評価試験は、あくまでも"小隊”としての模擬訓練に過ぎない。


 そのため、各隊員に持たせてある銃弾は、音はすれども弾は発射されない空包しか携行しておらず、そんなものを熊へ向けて発射しても全くダメージを与えられない。


 本来ならば、大きな音を立てればどこかへ立ち去ってくれるはずの野生の熊だが、どういう訳か、遭遇した熊は未だ隊員を襲い続けている。


「全機、作戦を一旦中止して現場へ急行せよ!急げ!」

 こうなれば、模擬弾であれ実弾を発射できるマタギで熊を退治する他ない。


 でも、何かが変だ。胸騒ぎはこれを予感していたものでは無い気がする・・・。



 間を置かずして、1番近くにいた鷹子の1号機が現場に到着した。


 隊員が熊に覆い被されながらも必死に抵抗している。

 到着した他の隊員たちも持っているライフルの銃床ストックで熊の背をタコ殴りにしているが、一向にお構いナシ。


「全員離れろ!」

 待避命令を下し、熊へと駆け寄る。


 だが。


(マズイ!!こういう時、どのコマンドを入力すれば良いのか?)


 近接距離まで接近したのは良いけれど、ロック・キャリバー"マタギ”には手で相手を”ぶん殴る”動作は組み込まれていない。


 手痛い失態に、状況をモニターしていた少佐は思わず舌打ちを鳴らした。

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