第86話 海に別れを

 戻ると、フキの惨状に目を丸くしたガブリエラたち異端審問室の面々が揃っていた。


「これは……教皇聖下は、無事目覚めたと見てもいいか」


「うん、お疲れガブリエラ。ティアは寝なおすってまたベッドに戻ったところだよ」


「てぃ、ティア……、いえ、教授ならその呼び方でも問題ないですね。聖下は何と?」


「ガブリエラが負けず嫌いの見栄っ張りだって」


「!?」


 俺のからかいに、ガブリエラはガシガシと頭を掻く。


「……でもまぁ、聖下の言いそうなことです。フキの惨状もありますし、確かに起きたんでしょう。であれば―――お前ら! フキを拘束しろ!」


 ガブリエラの命令に従って、異端審問室の面々がフキを拘束する。それから押しかけてきた審問官の怪物たちが、担架にフキの眷属たちを乗せ、ドンドンとこの場から運び出す。


 そこで、しばらく立ち上がれなかったリリが、ようやく立ち上がった。「ガブ……」と不安そうに声をかける。


「フキ、いけないこといっぱいしたよ。でも、ぶん殴って痛い目見せたから、殺すのは、やめて欲しいの……」


「……ちびっ子」


 ガブリエラは目線を合わせ、リリに答える。


「アタシでも、ここからどうなるかは分からん。出した被害がデカいからな。ただ、不思議なことに死者は出てないそうだ。誰かさんが手を回したお蔭で、死罪にせざるを得ないことはない」


 リリはハッとして俺を見る。「だから」とガブリエラは続けた。


「ま、アタシの力の及ぶ範囲で、死罪は避けられるように掛け合ってみるさ。それでもだめなら諦めろ。だが―――洗脳下にあったってことが立証できれば、かなり有利にはなる」


「っ! うん! ガブありがと!」


「おう。あと、枢機卿な。もしくは猊下とか、そういう呼び方をしろ?」


「分かったよ! ガブ!」


「なぁんも分かってねぇこのちびっ子」


 ワシワシと雑にガブリエラはリリを撫でて、「では、ここからはお任せください」と俺に一言告げて、ガブリエラたち異端審問室は動き出す。


 俺はリリに近寄って、祭壇の脇に目を向けた。リリも同じく視線を向けると、そこにダニカたち三人が休んでいるのを見つける。


「リリ、この辺りで俺たちの仕事は終わりだ。ダニカたちを担いで帰るとしよう」


「うんっ!」


 リリはもう本調子を取り戻したと見えて、元気に頷いてダニカたちに駆けていく。




         Δ Ψ ∇




 その後の顛末について。


 その後俺たちはインスマウス教会にて夜を明かし、その後異端審問室に呼び出され、詳しい話をすることになった。


 尋問というよりはやはり取り調べで、終わった頃にはダニカは「異端審問室から感謝状ですって!」とはしゃいでいた。そして「調子に乗るな魚人め!」と窓を割られた。


 フキの扱いは、やはり今後の裁判によって変わってくる、という話だった。


『教授の言った「歴史家」でしたか。あそこに書いてあることが本当なら、まだルルイエは油断できない状態ということです。それ次第で、色々と変わってくるでしょうね』


 取り調べで、ガブリエラはそのように語った。裁判は長い。その過程で起こる事件でも、判断は左右されるということだろう。


 とにもかくにも、今回の大事件は、一件落着した、ということなのだろう。そうなれば、元々数日で済ませるはずだった訪問だ。俺も大学に帰る運びとなった。


「これでよし……っと」


 俺は散らかしていた荷物を旅行鞄の中に詰め込んで、額にかいた汗をぬぐった。いやー来るときは結構余裕があったんだけどな。ちょっと土産を入れたら全然閉まんねーの。


 俺はカバンを閉めるために体重をかけていた膝をどかして、カバンを持って立ち上がる。客室から出ると、「ひゃ、わぁ……っ」と気弱メイドシスターことパーラが目を丸くしていた。


「お、パーラ。待っててくれたのか?」


「は、はい……! えっと、あの、きょ、教会の外でみんなで待ってますので、ご、ご案内します……!」


「わざわざそんな丁寧にしてくれちゃって。俺全然みんなのこと、大学の治安維持の名目で呼び出すつもりだぞ?」


「そ、それでも、教授が教会から居なくなってしまうのは、寂しい、ですから」


 パーラはもじもじしながら、顔を赤くそう言った。俺はその姿が愛おしくて、そっとパーラの頭を撫でる。


「ありがとう。じゃあ案内してくれる?」


「は、はいっ!」


 パーラは俺の手を取って歩き出す。


 教会の廊下を進み、民衆の集うメインフロアを突っ切り、俺たちは外に出た。するとそこには、ダニカ、ハル、そしてリリの三人が俺たちを待っていた。


「教授、待ってましたよ」


「何だか仰々しいな、ダニカ。……ハルなんかめっちゃ泣いてない?」


「だっでぇ……!」


「ハルは警戒心が強い分、好きになるとべったりですからね。いつの間にこんなに懐かせたんです?」


「普通にしてただけだよ。でも、そうだな。俺もハルのことは大好きだよ」


「きょうじゅぅ~……!」


 うぇーん、と俺の胸元に飛び込んで、泣き出してしまうハル。俺は「可愛い奴め」と言いながら、その背中をトントンと叩く。


「まったく、ハルはこういうところがあるんです。ハルが泣くと、昔から私のものをあげなきゃいけなくなっちゃうんですよ?」


「俺は最初、ダニカのものだったって?」


「いやっ、あのっ、ちが、そ、そういう意味ではなくてですね」


「ハハハッ、冗談だよ。でも、そういうところも含めて姉の特権ってところあるんじゃない? 妹の一番ワガママで可愛いところを味わえるっていうかさ」


「……そうですね。こういうところも含めて、可愛いハルですね」


 それを聞いて、ハルは「お姉さまぁ~」と俺からダニカに移っていってしまう。「可愛い妹です」とダニカは、ハルを抱き留めながら苦笑だ。


「でも、ダニカは一つだけ間違えてるよ」


「はい?」


「ダニカのことだって、俺は大好きって話」


 俺が冗談めかして言うと、ダニカは顔を真っ赤にして「も、もう! 教授!」と照れ照れだ。


「あははっ。あー、困ったな。別れ際だからか、いつも言えない言葉をポンポン言っちゃうな」


「あ、あの、教授……!」


「パーラも大好きだぞ」


「ひゃっ、じゃ、じゃなくて、あの」


 もう大盤振る舞いだ、と俺がポンポン好意を伝えていると、意外にあまり動じなかったパーラが、俺の顔を見上げてくる。


「その、あの、いつまた戻ってきてくれます、か……?」


「うーん、いつになるやら……。でも、会うだけならいつ大学に来てくれてもいいよ。パーラなら大歓迎」


「あっ、う、それは、その、はい。すぐに、また行きます……」


「だから、あんまり寂しがらないで。いつでも遊びに来てよ。それでなくとも、給料出して治安維持で戦ってもらうこともあるだろうし」


「は、はい……。ふふ、そ、そうです、よね。すぐまた、会えますよね」


 パーラもちょっと目の端に涙をにじませて、俺に手を広げてきた。俺は役得とばかりパーラを抱きしめ、軽くその背中を叩いて、開放する。


「……教授、私も。いえ、すいません何でもありません」


「ダニカにもするに決まってるだろ!」


「キャー! ふふ、えへへ」


 ダニカは満面の笑みで俺のハグを受け止め、それからしばらく離してくれなかった。お姉ちゃん気質の甘え下手め。たくさん甘やかしてやるからな。


 さて、最後の一人だ、と俺はリリに向かう。


「……教授、どこに行くの?」


「俺は元々ミスカトニック大学ってところの人間でね。だから、そこに帰るんだ」


「帰ってくる?」


「またいずれ泊まりに来るよ」


「じゃなくて、帰ってくる? って聞いてるの!」


 リリが涙目で言う。俺は含む意図を考え、苦笑してリリの頭を撫でた。


「悪いけど、そういう意味では帰ることはないよ。俺はここの人間じゃない」


「う、うぅ~~~!」


 ひどく優しい力で、リリは俺をポスポス叩いてきた。怪物少女たちはみんな、力加減が優しいな、なんてことを思う。


「リリも、今度大学においで。いつでも歓迎するよ」


「……すぐ行くから、待ってて」


「ああ、待ってる」


 最後にリリとも軽くハグする。小柄なリリは柔らかくて、離れがたい気持ちを押し殺して、俺は教会を離れた。


 ルルイエを歩く。信仰と水の街。もっと居たかったな、なんてことを思う。


 少し歩くと、俺の隣にいつの間にか、クロが歩いている。


「いやぁマスター。君は実に女たらしだね。行く先々で怪物少女を落としていくじゃないか」


「おっ嫉妬か? クロもついでにハグしとくか?」


「ぼっ、ボクは結構だよ! 油断も隙も無いね君は……」


「ハハハッ。俺だって寂しいんだ。誰彼構わず抱きしめたい気持ちにもなる」


「よく言うよ。しかし、今回もうまくやったね」


 クロが流し目で俺を見てくる。俺は肩を竦めて受け流す。


「ボクの方でもシミュレーションしてみたけど、マスターがいたことで数千人いたはずの死者がゼロ人になった。インスマウス教会の面々は、一人残らず死ぬはずだったんだよ?」


「あーあー! 怪物少女が死ぬ話は聞きたくない!」


「けど、マスターがすべて救った。今回の黒幕、首謀者に当たるフキすらね。彼女は流れによっては、覚悟を決めて自害し、そのまま主失いにルルイエを襲わせるはずだった」


「ああ。だからフキの片を付けるのは、ティアが適任だった」


「あは! 海上都市ルルイエの主を、怪物少女を救うために利用するとはね。まったく恐ろしいマスターだよ」


 クロは僅かに駆け足をして俺の前に躍り出る。


「何度でも言うけれど、君は拾い物だった。君ほどの魔導教授は、おそらく空前絶後だろう。今後もそれなりに様々なことがあるだろうけれど、ま、うまくやっておくれよ?」


「任せとけ」


 俺が笑みと共に言うと「頼もしいマスターだ」と皮肉っぽく言って、クロは立ち消えた。同時、俺の懐から銀の鍵が躍り出て、ガチャリと虚空で鍵を回す。


 同時、俺の周囲が反転する。俺の足元はルルイエからミスカトニック大学へと変遷する。俺は再び、アーカムへと帰っていく。






―――――――――――――――――――――――




フォロー、♡、☆、いつもありがとうございます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬱展開ソシャゲのモブに転生したけど、俺だけ見える【ゲーム画面】で推しの怪物少女たちを救います-ケイオスシーカー!- 一森 一輝 @Ichimori_nyaru666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ