第85話 降臨

 ダニカは、全身を汗だくにして、息も絶え絶えの様子でいた。


 他の二人など、倒れてすらいた。しかしハルが気合を入れて立ち上がり、途中でパーラに肩を貸し、やっと三人そろって立ち上がる。


 それほど、過酷な詠唱だったのだろう。しかしやり遂げた。その姿に、フキは圧倒されるばかりだ。


「そ、そんな、嘘だよ。『眠れる教皇』は、もう数千年は眠ったままでいるはず。この程度で目を覚ますとは、思い難い」


 そんな負け惜しみじみた言葉を、ダニカは相手にもしない。三人そろって全身を疲労に震わせ、そっと手を組み、目をつむって、ダニカは高らかに宣言する。


「―――皆様、どうか、お祈りください」


 リリがぎこちない動きで、地面に横たわったまま手を組む。俺もみんなに倣うように手を組む。フキだけが異物のように、眷属ともども動けないままでいる。


「海上都市ルルイエが主、ルルイエ正教教皇室室長、眠れる教皇」


 ダニカは一呼吸を挟む。そのわずかな音が響くほど、この場は静まり返っていた。


「ティア様のご降臨です」


 扉が、開く。


 そこから現れたのは、水色のふわふわした髪をした、ひどく小柄な少女だった。リリよりも小さな少女だ。受ける印象は、可憐、華奢、清廉。そして―――畏怖。


 真っ白な教皇服―――祭服を身に纏い、腕にいくつかの腕輪を付け、背中には蝙蝠のような翼を生やし、小さな枕を掴んでいる。


 その目は閉ざされたまま。姿だけを見れば、まるで珍しい服を着ているだけの少女の、起き抜けにしか見えない。


 ―――だが、それをはるかに上回る、圧倒的な存在感がそこにあった。


「……っ、……っ!」


 俺を含めた、誰もが言葉を発することができなかった。フキは冷や汗をだらだらと流し、硬直したまま小さな教皇を見つめている。


「……」


 教皇ティアは、静かに祭壇の際に立った。それから、フキに誰何する。


「あなたは、誰?」


 涼やかで、微かな声だった。水音のように落ち着く、幼さを含んだ静かな声だった。


 だというのに、フキにはそれが、劇薬すぎた。


「……あ、ああ、ああああ、ああああああ!」


 フキはプレッシャーに耐え切れず、半ば発狂するように叫ぶ。


「そなたら! 奴が、我らが宿敵! ルルイエの主! 殺すべき相手! 教皇ティアだ! この場を逃せばもう次はないぞッ! ―――ランブル!」


 眷属たちが、あわただしく光線銃の先を教皇ティアに向けようする。だがその前に、ティアは動いた。


 静かな所作だった。フキの喧しさをまったく物ともしていない、穏やかな動き。


 ティアはそっとその手を頬、目元において、僅かに下に引っ張った。


 目が、少しだけ開く。瞳が、端だけ覗く。


 ティアは言った。


「『おいで』」




 それだけで。


 【呼び声】が、炸裂した。




「―――――ッ!」


 声なき悲鳴を上げて、泡を吹き、フキはその場に崩れ落ちた。あらゆる眷属たちのすべてが、その場に倒れ伏していく。恐らく屋上に控えていた眷属すら、意識を失い落ちてくる。


 制圧。今までしぶとく一大都市を相手取っていたフキが、ティアのたった一言で制圧された。


 俺はその姿を見て、ティアの存在の凄まじさに生唾を呑む。ここまでか。ここまで格が違うのか。


「少し、汚れてしまったわ」


 ティアの背後の虚空から、電柱ほどもある巨大な触手が、何本も現れる。それらがフキやその眷属たちを物理的に寝室前の祭壇の端に寄せ、ティアは素足でペタペタと階段を下りてくる。


 見下ろされるのはリリだ。


「あなたは、誰?」


 気が気でないのはリリだ。「り、りぃ~……」と泣きそうな声を漏らす。


 声を上げたのはパーラだ。


「ぱ、パーラの、妹です……! この場を、ルルイエを守ってくれた、英雄、です……っ」


 息絶え絶えながらそう言ったパーラに振り返って、ティアは「そう。礼を言うわ」とねぎらって、リリを避けて進む。


 そしてその先には、俺がいた。いくら推しでも、ここまでめちゃくちゃ大物感だして近寄られると、何かガチの大物アイドルみたいなオーラを感じてしまう。


「……こんにちは」


 とりあえず挨拶する。するとティアは、無表情のまま挨拶に答えてくれた。


「こんにちは、教授」


「おお、これは驚き。俺のこと知ってるの?」


「ええ。次に目覚める時はあなたがいるって、約束してくれたもの」


 約束、と俺は口をつぐむ。知らない話をされている。恐らく数千年前の、俺の知るはずのない話を。


 俺は緊張からか、関係ない話をしてしまう。


「いや……にしても、これはちょっと驚いたな。ガブリエラからは、ティアとガブリエラは大体同じくらいの実力だって聞いてたんだけど」


 俺の言葉に、ティアは言う。


「あの子は負けず嫌いの見栄っ張りだもの。許してあげて」


 僅かに微笑みの気配をまとった返答。俺はそれで、ティアの方がガブリエラよりはるかに格上だと理解する。


「でも」


 ティアは言いながら、俺にもたれてきた。


「起こされたばかりで、まだ眠いわ……。少し寝なおすから、ベッドまで運んでくれる……?」


 ティアは俺のみぞおちの辺りに頭を押し付けて、寝息を立て始めてしまう。えっ可愛い。大物感めちゃくちゃ出してから子供みたいに甘えてきたよティア。ヤバ狂う。可愛さに狂う。


「ダニカ」


「え、えっと……教皇聖下の決に逆らえる存在は、ルルイエには居ないとだけ」


「ティア大学に持ち帰ってもいいかな」


「それは絶対ダメです」


 ダメか……。仕方ない。大人しくベッドに寝かせて、寝顔を楽しむにとどめよう。


 俺は完全に寝てしまったティアをお姫様抱っこで抱きかかえて、祭壇に奥へと歩き出す。っていうかティアめっちゃ軽い。二キロくらいなんじゃないってくらい軽い。良い匂いする。


 奥の部屋に入ると、真っ白で豪奢な寝室がそこにあった。キングサイズどころじゃないベッドは天蓋にレースカーテンが掛かっていて、こんな豪勢なベッドは初めて見たほど。


 俺はベッドに乗り上げて、なるべく中央の辺りにティアを寝かせる。


 すー、すー、と穏やかな寝息を立てるティア。その可愛さに笑みがこぼれてしまいつつ、俺はベッドを下りて、ふぅと一息つく。


「とりあえず、これで一章は無事クリアってとこか」


 あー大変だった。俺は首をひねりながら、ティアの寝室から出ていく。あとは後始末を終えて、大学に戻るだけだ。











―――――――――――――――――――――――


New!


名前:ティア

所属:海上都市ルルイエ/ルルイエ正教・教皇室

二つ名:眠れる教皇

外見:水色のふわふわしたうねる髪に教皇冠を載せ、祭服を着た少女。小柄で枕を抱え、背中に蝙蝠っぽい羽を生やし、複雑な意匠のブレスレットを両腕に付けている。眠そうで、あくびをしては目元に涙をにじませている

特殊能力:【呼び声】:視界に収まる指定した対象全員に【悪夢】の状態異常とダメージを与える。

通常能力:【鷲掴み】:指定した範囲に握りつぶしの魔術でダメージを与える。

攻撃属性:霧

防御属性:混沌


イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/Ichimori_nyaru666/news/16817330660335555043

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