第84話 勝敗

 俺はまず、リリのことを考えた。


 リリのスキルは二つ。まず防御に特化した、混沌属性のマフラーのバリアだ。


 ガブリエラたちの指揮を執りながらチラチラ先ほどの戦闘を見ていたが、リリはどうやら自力で特殊スキルを発動できないらしい。まだ経験不足だからだろうか。


 逆に、通常攻撃の延長のように、マフラーをフキに絡ませて投げ飛ばしていた。この使い方はゲームにはなかったものだ。拡張指揮からうまく使えるかが気になるところ。


 次に使う様子も見られなかったのが、呪文唱和。リリは他のキャラが特殊スキルを撃つときに、一定のクールタイムを挟めば自動で威力を上昇させる能力がある。


 この二つは使いこなせれば強い。が、多少サポートに寄っているきらいがある。というかリリは素で能力が高いので、基本置物として活用するのでも問題ないのだ。


 だが、と俺はフキを見る。


 フキのスキルも二つ。まず霧属性の光線。リリは混沌の防御属性なので、光線はスタン以上の効果が望めない。


 だが、フキは頭がいい。光線だって直接当てればスタンする。他にもその場で天井に光線を当てて、瓦礫でリリの無力化を図る、というのは戦闘慣れしていないと出てこない発想だ。


 次に、フキが右手の忍ばせる銀の棒。あれはヤバい。


 あれは『パラジウムの懐刀』と呼ばれるもので、刃物ではない代わりに、棒の先で触れた相手の精神力を強制的に取り立てて無力化する、という代物だ。


 霧属性の攻撃なのでリリにはあまり効果がないが、それでも光線以上の無力化能力がある。恐らく一度でも食らえばリリは実質的に敗北したようなものだろう。


 え? 俺? 光線だろうが棒だろうが一発でも食らえばアウトだけど?


 そんな訳なので、俺は考えてリリに戦ってもらう必要がある。とりあえず指揮をする俺がやられたら元も子もないな、と先ほど落ちてきた瓦礫の後ろに隠れる。


「じゃあ俺はここで隠れて指示を出すので、リリは頑張ってくれ」


「何かやだー」


「わがまま言わないのっ。めっ」


「も~……」


 リリは拗ねた振り半分戯れ半分で、ちょっとだけ笑いながらフキに向かう。それからフキを視線で捉えて、「ふぅっ」と意識を戦闘の中に集中させた。


 バトルメイクの材料は揃っている。誘導に誘導を重ね、敵も味方も操作して勝利する。それが俺の戦い方だ。


「リリ」


「うん」


 名を呼ぶだけでリリは察して、前に出た。フキが俺たちを睨みつける。俺は画面から拡張指揮を展開し、リリの一挙手一投足までコントロールできるようになる。


 フキはそんな俺たちを見て、言った。


「身の程を、分からせてやろう」


 フキは指を鳴らす。同時、天井に空いた穴から多数の羽樽の怪物たち―――フキの眷属が現れる。


「えっ、そ、そんな―――っ」


 リリが息を呑む。「ハ」とフキはあざけるように笑う。眷属たちがフキの背後に降り立ち、続々とハルの空間の渦に魔術的な光を投げかけ始める。アレ解析してんのか。処さなきゃ。


「言ったであろう? リリ、所詮そなたは奴隷、我が奉仕種族よ。いかに教授がついていたとて、それは変わらぬ」


 フキは次に俺を見る。


「教授。そなたは単なる人間なのだろう? つまり、我が眷属で軽く小突いてやれば死んでしまうわけだ。ルルイエほどの恨みもない。今すぐ首を垂れて命乞いせよ。さすれば―――」


「やだけど」


 俺の発言で、フキが沈黙する。


「き、聞こえなかったかな? ではもう一度言うが」「やだけど」


 俺の畳みかけるような拒否に、フキは木面に隠れていない肌を真っ赤にして震えだす。


「―――わしの最後の慈悲を無下にするなど、愚かな選択をしたものだ! ならばリリ共々、凄惨に下してやろう!」


「はっ! やってみろよ植物系ロリババア! 似合わねぇ仮面で可愛い面隠しやがって! リリの底力なめんなよ!?」


「植物系ロリババア!? 可愛い面!? ふざけるのも大概にしろよ人間風情めが!」


「きょうじゅ、煽りの威力高い……」


 一触即発の雰囲気を突破し、フキは俺たちに光線銃の先端を向け、高らかに叫んだ。


「ランブル!」


 眷属たち共々、無数の光線がリリに降り注ぐ。俺はにんまりと笑って、リリの特殊スキルを撃った。


「ばりあ!」


 リリがマフラーを大きく広げて、自らの全身をバリアのイメージ通りに包み込む。それを見て「わっ! こんなに広がるの!?」と自分で驚いている。


「すごいすごいっ! きょうじゅが指揮すると何かうまくいく!」


「そうだろ! けど油断はするなよ! まだまだここからだ!」


「うんっ!」


 俺は前進の指揮を出し、リリが駆けだした。光線が完全に効かないと見るや、「チィッ! やはりそなたは厄介な奴よな! 教授!」とフキは叫び、眷属たちに告げる。


「そなたら! パラジウムの懐刀にて、数で押し流せ!」


 フキの号令に、羽樽の眷属たちが棒を構え、雪崩のようにリリに殺到した。俺の指示に従ってまっすぐに走りながら、リリが「きょうじゅ! これどうするの!?」と叫ぶ。


「リリはダニカとかガブみたいに、たくさんの怪物は倒せないよ!」


「分かってるさ。リリが同じことをするには、多少考える必要がある」


 例えば―――


とかな」


 俺はリリに指示を出す。リリはフキたちにまっすぐ駆け抜けながら、ハッと俺の指示を理解して、マフラーを俺の方に伸ばした。


 絡めとるは俺を守る瓦礫。まぁ最悪俺の安全はいいだろう。正念場、というやつだ。


「さぁ」


 俺はにんまり笑って言う。


「ブン回せ、リリ」


「どぉーりゃぁぁぁぁああああ!」


『てけり・り、てけり・り、てけり・り』


 マフラーがプレハブ小屋一つ分もありそうな瓦礫を簡単に持ち上げて、思い切りフキの眷属たちにぶつけにかかった。フキはそれを見て「そんなめちゃくちゃな!」と叫ぶ。


 だが、フキとてバカではない。


「ランブル!」


 眷属たちのものも含めて、フキの光線が瓦礫に降り注ぐ。振り回した衝撃だけで瓦礫は細かく砕け、フキの眷属たちを大量に打ちのめしていく。


「くぅっ! 何人やられた!」


 フキは眷属の一体に守られながら、被害状況を確認する。半数が今の一撃でぶっ飛んだ。だが、半分は怪我を負いながらも健在だ。


「こんなにも……! だが、あのまま食らえば全滅だった!」


「いやぁやるなぁフキ。指揮のセンスあるわ。『ケイオスシーカー!』のエンドコンテンツ、『夢幻トーナメント』でも、中堅までは行けるよ。ちなみに俺はトップだけど」


「ああ、腹立たしい! 教授、そなただけは吠え面をかかせてくれる!」


「俺に? フキがぁ?」


「ああぁぁぁああああ! ランブル!」


 フキたちの光線が俺に降り注ぐ。俺は「やっべ煽りすぎた」と回避からの避難。あっぶね死ぬところだった。


 が。


「フキ。今のは悪手だよ。俺は慌てたけど、リリは違う」


「ハッ」


 リリは指示の通り、瓦礫の一撃を加えてなおフキたちに接近している。


「リリ」


 俺は言う。


「今ので見たろ。お前の力は、連中の誰よりも強い。その身体能力だけで、暴れまわってやれ」


「りゃぁああああああ!」


 リリはフキの眷属を素手で掴んで持ち上げ、そのまま他の眷属にぶつけた。慌てて光線で対応しようとするフキの眷属の触手を別の方向に向け、光線をまた別の眷属に当てる。


 敵の血しぶきが上がる。リリの小さな体が躍動する。『てけり・り』とマフラーは反逆に声を上げ、フキの眷属たちはリリの暴虐と同士打ちの恐怖に阿鼻叫喚と化す。


「りりりりりりっ! りりりりりりっ!」


 リリはいつもの不思議な笑い声をあげながら、絶好調だ。リリはフキを見つけ、その腕力で殴り飛ばす。


「りりりりりっ、りー!」


「なぁっ、ガハッ!?」


 文字通り殴り飛ばされたフキは、一瞬宙を浮く始末だ。羽での姿勢制御も出来ずに、フキは地面に叩きつけられる。


「くぅ……! 本当に、反抗的な……! あの時もそうだったねぇ! 急に言うことを聞かなくなって! 何を聞いても首を横に振って!」


「だってフキは、『あれやれ』『これやれ』ばっかりだったんだもん! もう少し優しくしてくれたっていいでしょー!」


「優しく!? 何を分かったようなこと、ぐぅっ! 違う、そんなこと、リリのことなんてどうでもいいんだよ……! わしは、ルルイエを……!」


 フキはリリとの本音のぶつけ合いで、洗脳下の意思と元々の意思で揺れているようだった。しかしそれもすぐに収まり、フキは突如として沈黙し、集団に紛れてしまう。


 俺はそこで、ゲーム画面があまりに混雑しているのに気付いた。「あ、まず」とぽつり。


「リリ! そこで戻れ!」


「りーっ! フキどこーっ! 黙ってちゃ何も分かんないんだよーっ!?」


 リリは興奮しすぎて指示を聞いていない。マフラーを振るうたびに敵眷属たちが吹っ飛ぶ無双状態じゃ無理もないか、と俺は頭を掻き、呟いた。


「経験不足が響いたな。これは、リリの負けだ」


「りッ!?」


 俺の言葉と同時、リリが悲鳴を上げた。それすら一拍おいて、「下がれ」というフキの号令で眷属たちが下がっていく。


 その中央に、倒れて細かく震えるリリがいた。何が起こったのか分からない、という顔で、体も動かせないでいる。


 その横に佇むフキが、リリを見降ろしながら言った。


「調子に乗りすぎたねぇ、リリ。あの状態でそなたに近づくのは、そう難しくはなかったよ。あとは、パラジウムの懐刀で終わりさ」


 フキの手には、銀の棒がある。パラジウムの懐刀。混雑で使われると思ったんだよなぁ。


「フ、キ……! フキは、リリが、止め……!」


「止める? そなたが? 何故。そなたはわしが作り出し、反抗して逃げ出しただけの奉仕種族。ルルイエもわずかに世話になった程度だろうに」


「ちが、う……!」


 リリは、歯を食いしばって言う。


「フキは、リリの、親だから……! だから、リリが責任をもってぶっ飛ばして、ごめんなさいさせて、それで、許してあげるの……!」


「……回復が早い。もう一度だな」


「りッ!」


 パラジウムの懐刀で触れられ、リリはまたも動けなくなる。それでもフキに挑む目を向けるリリを無視して、フキは俺に言った。


「さて、教授。これでそなたも終わりよ。最初の降伏勧告で、大人しく命乞いをしていればいいものを」


「命乞い? 何で」


「……そなた、まだ状況が理解できておらぬのか?」


 フキは木面越しに、心底バカを見る目で俺を見た。


「そなたの唯一の味方、リリは倒れた。残るはそなたばかり。それとも、この軍勢を前に、そなたは戦えるのかい?」


「いやぁー無理無理。一体でも勝てないって」


「それが分かっているならば、今から慌てて命乞いの一つでもしてみたらどうかね」


「何で?」


「ッ―――だから!」


「だからさ、何で? って聞いてるじゃんか」


 激昂するフキの言葉をさえぎって、俺は言う。


「なぁ、何で俺が命乞いをする必要がある? 命乞いなんか、もうどうやっても勝てない奴がやるもんだろ?」


「は、ぁ? この期に及んで、何を」


「戦闘は、とっくに終わってるのに」


「……何?」


 バッ、とフキは慌てて振り返った。そこにはすでに、ハルの作った空間の渦の防御は消えている。残るは祭壇前で、全身汗を流して床に手をつく教会の三人だけ。


「な、な……? そんな、そんな、もしや、そんな」


「状況、やっとわかったか?」


 俺は手元の戦闘画面に表示された、時間切れによる『Combat Victory!』の文言に目をやりながら、言った。


「リリは負けた。確かに、試合には負けた。だが、勝負にはとっくに俺たち全員で勝ってたんだ。だろ? リリ」


 俺が言うと、地面に倒れたリリが「り、り~~~! きょうじゅ~~~!」と泣きそうな声を上げる。


 それに俺は「頑張ったな。お疲れ様だ」とねぎらってから、扉の前、祭壇に目を向ける。


「さぁ、ダニカ、後は頼む」


 フキは息を呑み、最奥の扉に目をやった。ダニカが、立ち上がる。

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