第7話 酒場にて美女
あらすじ。
猫耳さんに不慮の事故でおしっこをぶちまける。
※
アキさんの元に帰った俺は、無言で10分間一方的なスパーリングを受けて、30分ほどガチ説教をされ、その後一時間くらい作戦会議をしてから、今現在、猫耳のモカを追っかけて山を下っていた。
「それにしても。経緯はともかく、いきなり勇者さまのパーティーの一員と出会えたのは幸運でしたね。ここは食らいつくべきです」
「そうだな。勝って兜の緒を締めよって言うしな」
「たぶん使い方間違えてますよ、それ」
「そうか?」
しばらく歩いていると、前方に何かが見えた。
「あれなんだ、イモムシ、にしてはデカいが?」
アキさんが一瞬止まって告げる。
「人喰いワームです。体当たりからの嚙みつき攻撃に注意です!!」
「オーケー」
おお、昔からゲームとかでやってきた、憧れのモンスターとの初戦闘だ。
気合を入れていくぞ。
よしいこう、ヒウィゴ!!
俺は猫耳のモカとの遭遇後から背負わされていた旅道具をぱぱっと地面に下ろし、腰の鞘から短剣を抜き、それを右手にかざしながら敵に近づいていく。
うごうごしていたワームが、俺に気付くと警戒音を鳴らして臨戦態勢になる。
「オラ、死ね」
短剣でぶった切る。
黄色の体液をまき散らしたワームが身体を縮めた。
きゅるる、バアァ!!
うお、突進してきた。
再び切り付けてスムージーにしてやろうと思って刃を振るうが、短剣が短すぎて当たらない。
「んにゃろっ!!」
噛みつこうと迫ってきたワームの顎を躱し、足に力を込める。
「食らえ!! 元サッカー部奥義、周平キーック!!」
柔らかい腹に蹴りがめり込んで、次の瞬間、人喰いワームがはじけ飛んだ。
人喰いワームが、なんかキレイなキラキラになって消える。
「しょーーーーりっ!!」
高らかに宣言する。
「どうでしたか、初めての戦闘は?」
「別に。こんなもんだ。それよりこの短剣、どうにかならんのか? 短いし重いしで、役に立たん。そもそも剣とかナイフって使ったこともないんだぞこっちは」
「慣れですよ、慣れ」
そうなのかもしれんが、もうちょっと何とかなるだろう。
考えて、閃いた。
俺はボディバッグに突っ込んでいたぼうっきれの先端にナイフを固定して、紐でぐるぐる巻きにする。
「どうだ、即席の槍だ!!」
「な、なんか耐久力に不安がありそうですが、麓に下りるまでの辛抱です。この調子でいきましょう」
やがて山を下り切った。
おお、あそこに見えるの村か。
ていうかそもそも、世界がめっちゃ広い!!
高い建物がないから、視界が広く、どこまでもどこまでも大地が広がっているように感じられる。
そして、大地と交わる青空と雲。
たぶんだけど、これが昔の人たちが当たり前に見てきた風景なんだ。
今の都会のビル群じゃない、自然が作った世界。
「いかがですか?」
「いや、なんか言葉もないな。すげえ……」
「いいんですよ。少しの間、堪能してください」
アキさんの言葉に甘えて大地を眺める。
見上げれば空が広い。
なんか感動だ。
「世界」
「はい?」
「なんかホントキレイだな。こうしてると思うよ、俺たちの世界、なんか間違えちゃったんじゃないかって」
「………………」
「なんてな。浸ってる場合じゃないよな。モカを追おう」
※
街に入るとまず、甘い香りが鼻の奥を揺らした。
「なんだ、この匂い? 頭くらくらするんだが」
「ここは、セント・ファフリーズ王国の街、シラトスです。古くから、香水製造が盛んなところなんですよ」
「へえ。この匂い香水か。ここで暮らしてるだけで、匂いうつりそうだけどな」
「たしかに」
しばらく夕暮れの街の中をぶらぶら歩く。
ゲームの街を実際に見たらこんな感じなのかと思う。
屋台に果物屋、武器防具屋、宿屋なんかがある目抜き通りを歩いていく。
すれ違う町の人たちの中には獣人もたまにいて、加えて言えばその辺の普通の人も西洋顔なので、なんとなくソワソワする。
牛のようで牛じゃない獣が荷車を曳いていたり、二足歩行のトカゲに騎乗している人が居たり、これぞ、ザ、異世界って感じだ。
でも、そこまで広くないんだな、この街。
いったん観光気分を落ち着ける。
じゃあまずどこに行くべきか。
酒場とかに行けばいいのか?
て言うかそもそも金がない。
「あ、アキさん。どうすればいい? 酒場とかで情報収集したいが金がないんだ」
そう聞くと、アキさんはボストンバッグに手を突っ込み、革製の大きな巾着袋を取り出した。
それを俺のカバンの中に入れてくれたので、俺はさりげなく魔女の銀片を握り実体化させて中身を取り出す。
巾着を広げてみると、金色の大き目の硬貨が10枚。
「たったこれだけ?」
「この世界の貨幣はウェンと言います。誤解覚悟で大雑把に言ってしまえば、1ウェンが1円くらいです。その大金貨は一枚で1万ウェンですね」
「え、じゃあこれで10万あるってことか?」
「はい、そうなりますね」
「ちょっと競馬行ってくる」
「行っちゃだめです!!」
「でも10万あるんだろ? じゃあそのうちの8万くらいは遊びに使っても良くないか?」
「どういう金銭感覚してるんですか!! ダメですよ、絶対」
怒られたので、仕方なくまずは当初の予定通り酒場に行く。
見た感じは、もろ中世の酒場っていうか、ログハウス風の木造りの酒場だ。
店員にビールとつまみを注文して、二人掛けテーブルに座る。
これならカウンターと違って、アキさんと喋っていても怪しまれない。
周りはガヤガヤしてて、うるさいしな。
「どうしますか?」
アキさんが小声で訊ねてくる。
「情報収集の肝は、どんな奴に聞くかだ。まあ見てろ」
俺は酒のジョッキを持ったまま、この中で一番美人そうな女の元へ向かっていく。
女は一度俺に視線を送ったが、目をそらしジョッキを煽る。
いいぞ。好感触だ。
見た感じ、女戦士風の、鋭い印象の女だ。
黒髪を頭の上で結んでいて、そこから分かれた髪が前後左右に無作為に散っている。
肌はやや褐色で、アジア人と言われれば納得しそうだが、顔つきは西洋のそれに近い。
一般的なアラビア人という表現が近いだろう。
体はスレンダーで、同時に筋肉質でもある。
俺は、俗世間から離れ、変な風に悟りを開いちゃったスポーツジムのインストラクターをなぜか思い出していた。
「やあレイディ。いい夜だね。少し俺と話さないか?」
女は俺を品定めするように見て薄く笑い、向かいの席を示してきた。
「サンキュー、ジョイガール。お近づきのしるしに一杯奢らせてくれ。マスター、この店で一番高い酒をこの美女に!!」
その発言に店内がどよめく。
だが何せ、俺は現金10万円を持つブルジョワジーだ。
その辺の汗臭い冒険者にはできないことができる。
金の力はいつだって偉大だ。
「アタイに用かい、ボンボンのボーヤ。こっちは相手になる男もいなくて退屈してたとこなんだ。おまけに今日は嫌なことがあってねえ。楽しい話、聞かせてくれるんだろうねえ?」
「当たり前だ、ミスシュークリーム」
「誰がミスシュークリームやねん」
シュークリームは完全に言いたかっただけだが、もう言っちゃったので現実として受け止める。
そこに頼んだ酒が運ばれてきた。
「当店秘蔵のワイン、ランブルスコのマジタッケーシの98年物となっております」
俺と美女のグラスにワインが注がれ、俺たちは見つめ合う。
「何に乾杯するんだい?」
「そうだな。じゃあベタだが、俺とあんたの出会いに」
『乾杯』
軽くグラスをぶつけ合う。
「ボーヤ、見ない顔だね。この街は初めてかい?」
「ああ、そんなところだ。あんたはみたところ冒険者。しかも凄腕だ」
「ふうん。なんでアタイが凄腕だと思うんだい?」
「あんたが美人だからだ」
「理由になってるかい、それ?」
「分かってないな。ただキレイな女はたくさんいる。だがあんたはその中でも一握りの、選りすぐりの美女だ。そんな女は、努力を惜しまない。傲慢な完璧主義者ってやつさ。だから、あんたは飛び切りの美人で、飛び切りの実力を持っている。外れてるかい?」
「ふん。ペラペラとよく回る舌を持っているものだ。まあいい。で、何か聞きたいんだろう? 何が知りたい?」
「この街にいるっていう勇者のパーティー、『闇を切り裂く剣』について」
「知ってどうする?」
「知った後で、俺が決めるさ」
俺はぶっちゃけ、大人な場所でのオトナトークに酔っていた。
知った後で、俺が決めるさ、だって!!
ふるえるぅ~~!!
「アタイが言えるのは、そこら辺で聞ける噂話と大して変わらないが、それでもいいかい?」
「知った後で、俺が決めるさ」
当然二回言う。
「そうかい。勇者のパーティーってのは、五人パーティーだった。勇者、盗賊、戦士、僧侶、そして魔法使い。あと荷物運びが一人」
「ん? それじゃ五人じゃないじゃないか?」
「ははっ。使い古されたギャグを言うもんだねえ。当然、荷物運びはパーティーのメンバーにはカウントされてない」
違和感を覚えたが、今疑われる訳にもいかない。
俺はスルーして話す。
「それで、五人パーティー、だった? じゃあ誰か欠けたのか?」
「ああ。冒険の最中で、魔法使いが倒れた。あんたの冗談に乗るのなら、そこで荷物運びも死んだよ」
美女は笑ってグラスを傾ける。
「それで、その勇者たちは今?」
「さあね。荷物運びは冒険者ギルドに、魔法使いは別口で探してるんじゃないかい? 聞いたことがあるよ。ここに住んでいる没落貴族の娘が、大した魔法使いだって。勇者たちがこの街に来たのもそれが理由だって噂があるくらいだ」
ほほう。
貴族の娘に、冒険者ギルドか。
やっとファンタジーっぽくなってきたなと俺は思った。
「俺か? 勇者の荷車を曳く者だ」 鈴江さち @sachisuzue81
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