最終話 眷属と主人
開けた公園まで出た。
ここまで来れば安心だろう。
未だフラフラな阿久間が心配だが、ベンチに座らせれば多少落ち着くだろうか。
「無事か? 怪我はないか?」
「ああ」
さっきからずっと消沈した様子で全く元気がない。
うつむき加減で視線をさまよわせ、どこにも合わせようとしない。
「悪かったね。痛むだろう?」
「これくらいどうってことないさ。ほら大丈夫だよ」
「……ひっ……いや、すまない」
俺が無事を示すために腕を回すと、阿久間はまた体を縮こませ震わせた。
そのまま、俺の胸にくっついてきた。
「怒ったよね。ごめん」
「怒ってない」
「でも」
「大丈夫だって言ってるだろ?」
今の阿久間はいつのも性格が完全に鳴りを潜めている。
今の阿久間の様子に少しだけ心当たりがある。
親から叩かれていると、腕を上げたのを見るだけで反射的に身構えてビクッとしてしまうのだ。
俺も自分より背の高い相手にやられれば、まだ出る時がある。
俺は男だったからまだいいが、女子の阿久間が似たような環境だったなら、俺とは比べ物にならない恐怖だっただろう。
「さっきみたいにボクがいると迷惑だよね。ごめんね」
「気にするな。今さらだろ」
「そう……」
言葉が続かない。
こんな時、どうしてやればいいのだろう。
俺なんかに何ができるんだ。
「ね。お金払うからさ。せめて、もう少しこうしててくれないか?」
すがるような顔で阿久間は頼んできた。
金を払うか。
「必要ない」
「そ、そっか。そうだよね。じゃあ……」
何を思ったのか、阿久間は震えながら俺から離れようとし始めた。
だが、まだうまく体に力が入らないらしく、軽く俺の体が押されただけだった。
「何してる」
「一人で帰るよ。これ以上キミに迷惑をかけるわけにはいかないからさ。それに、情けないところも見せたしね」
「俺は、金はいらないって言っただけだ」
「わかってるよ。怒ってるんだろう?」
「ああ。怒ってるさ」
目がうつろ。怯えた表情。
まるで何も見えていないかのように薄い笑みの張り付いた顔。
とても阿久間呼幸という人間のものには見えない。
だが、人間なんて誰だってそうだろ。
なにも、全て持っているように見えるヤツが、全てを持っているとは限らない。
目に見えてる性格だって必死に自分を守るための仮面かもしれない。
震える阿久間はそれでも俺の体を押してなんとか一人立ちあがろうとしていた。
「ごめんね。力が入らなくて」
「いい。そんなことは気にするな。俺が怒ってるのはそんなことじゃない」
「え……?」
「俺は、お前が俺を金で買おうとしたことに腹が立ってるんだ」
俺でもどうしてだかはよくわからない。
それでもとにかくイライラがおさまらない。
「俺はお前の眷属なんだろ。だったら俺との関係を金で買おうとするのはやめろよ」
「でも、ボクとの出来事は最悪だったって」
「ああ。最悪だったよ。あんなに一人に対して心配になったのは初めてだった。それでも悪いだけじゃなかった」
俺だって、阿久間との関係が悪いものばかりだとは思っていない。
こうして眷属になって日は短いが、トラウマを知ったくらいで、トラブルに遭遇したくらいで、震える女子を見捨てられるほど薄情じゃない。
いや、違うな……。
俺が以前、どうしようもなく困っていた時、本当は誰かに救い上げてほしかったんだ。そうして、助けてほしかった。
阿久間の行動ははた迷惑だったが、俺を引っ張り上げてくれたように感じた。
なら、今度は俺の番。
俺は震える阿久間を一人で座らせると、阿久間に対してひざまづき、手を取った。
「え、え?」
「いいか。よく聞け。俺は一度しか言わないからな」
「……」
「俺、保智孝介は阿久間呼幸の眷属です。なんなりとお申し付けください。我が主人」
困惑顔の阿久間の顔は少しずつ顔に色を戻し、目に光を宿し、いつもの笑いに戻っていく。
「……眷属、眷属か……」
なにかを咀嚼するようにボソボソと言うと阿久間の体から震えは消え、姿勢が笑顔がいつものものに戻った。
「ふっ、ふふっ。あっははははは! よかろう! ならばまず、忠誠の証として、この手にキスをすることからだな!」
「はい……はああああ?」
「さあ、早く!」
「おい、相変わらず調子に乗るのが早すぎるだろ」
「クッ、まだ心の傷が癒えていない……」
「ぐ、ぬぬぬぬ」
言い出したのは俺だ。
相手が求めているのだ。
ええい!
俺の視界は阿久間の抱きつく勢いで一転させられた。
ぼっち俺、美少女の眷属始めました 川野マグロ(マグローK) @magurok
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