第6話




「ん……ひな、もっと……」


「こう、かな。痛かったら言ってね」


「いいよ、ヒナになら……痛くされても」


「う、ん。……せなねぇ、柔らかいね」




 ベッドでの、お世話。


 軋むベッドの音。


 溢れる吐息。

 



「……んぅ、ありがとー。やっぱりふたりだと、ストレッチのレパートリーが増えていいね」


「お世話だからねっ。 あ、手錠、手錠……」


「寝る時もするの?」


「当然だよぉ!」




 お風呂から上がって、お互いにお互いの髪を乾かして、パジャマを着せ合いっこして、アイスを食べて、歯を磨いて……そうやって過ごした後、寝る前のストレッチをお世話してもらった。

 本当ならヨガマットの上とかでやりたかったけど、ベッドの上で身体を伸ばす事にした。ヒナに手伝ってもらった事で、ぐっと体がほぐれた気がする。


 ヒナも、今日私がバイトを終わってからの1日、お世話してくれたからか、その達成感で良い笑顔を浮かべている。

 その笑顔に魂を揺さぶられていると、私の手には再び手錠を嵌められることになった。




「よーし、後は寝るだけかなぁ」


「あ、ヒナ……お風呂場で言ってた、証明って何をしたら良い?」


「え?! あー……あれは、その」


「何でもするから、言って欲しいな」




 ヒナは私が彼女のそばを離れない証明が欲しいと、お風呂に入っている時に語ってくれた。


 今更私の愛を疑っているとは思えないけど、ヒナが欲しいものがあるなら、私はただそれを用意するだけ。


 だから改めて、ベッドの上で聞いてみたんだけど……ヒナはもじもじして、まだ教えてくれそうにない。




「ヒナ、どうしたらいい?」


「う、うん……と、とりあえず、お布団に入ろっ。寝る前にゆっくりお話しします」


「……わかった」




 ヒナがマットレスに横たわったのに倣って、私も隣に並び掛け布団を被れば、ヒナが部屋の明かりを消した。


 今は、ベッドボードに備えられた灯りだけが、ふたりを照らしてくれている。




「……なんだか、えへへ、小さい頃を思い出すね?」


「出会った時くらいのこと? あの時は、ふふ、秘密基地だーなんていって、ヒナ、布団にこもってはしゃいでたよね」


「せなねぇも付き合ってくれてたでしょ! えへへ、楽しかったなぁ……」


「今は、楽しくないの?」


「あ、ううん! 楽しいよ! でも……でもね?」




 『でもね』と言葉を区切って、ヒナは困ったように言葉を失う。愛らしいけど、でも出来ればこんな表情は見ていたくない。


 けど、急かす事もまた違うと思ったから、隣に身体を横たえるヒナを、今度は正面から抱きしめて、言葉が出てくるのをゆっくり待つ。


 手錠をされてしまってるから、その行為ひとつとっても、頭の上を通さなきゃいけないほどいつもより大袈裟になる。けどこれも、ヒナが私に与えてくれたものだから、それだけで私には愛おしく思えた。




「……せなねぇはもうすぐ、大人になっちゃうよね」




 ヒナは確かめるようにそう言葉を吐く。


 その言葉の通り、何か特別なことがなければ、私はヒナより一足先に社会人として歩む事になる。




「……そうだね。もう内定ももらってるし、遠い未来の話じゃない、のかな」


「わたし、それがすごく怖いの。ずっと、ずっと背中を追いかけてきたせなねぇが、もっと遠い、大人になっちゃうんだって思って」


「それは……でも、ヒナを置いてどこかにいくつもりなんか」


「せなねぇはそう言ってくれるって……わかってるけど、でもせなねぇに大人になってほしくない。だから……だから監禁、しようって思ったの」


「それで、この首輪を?」


「……うん。監禁されて、わたしにお世話されている間は、せなねぇは大人にならないでって。……そう、思ったの」




 ヒナの声が弱々しく震えて、何かを懺悔するように、今日のこの行いの理由を私に教えてくれた。


 私は、目の前のヒナが安心できるようにと、また少しだけ抱きしめる力を強める。私の言葉より、気持ちが伝わってほしくて、そうする。


 言葉に加え、身体すら震えていたヒナが、そうする事で少しだけ安らいでくれたのか、また言葉を紡ぎ始めてくれる。




「でも……これから大人になるせなねぇが、わたしにも大人の証明をくれたら、安心できるかなって。……わたしも、大人になれるかなって」


「大人の、証明?」


「うん。……だめ、かな?」




 ヒナがそう言って、私の唇をじっと見つめる。


 それだけで、ヒナが何を求めているかわかったから。 


 


「いいよ。……今日はヒナが、してくれるんだよね?」




 目を瞑り、口許の力を抜く。




「……うん。じゃあ、『お世話』するね」




 そうして、少しだけ迷うような刹那があった後。


 ゆっくりと、私の唇に触れるものがあった。


 ヒナの、柔らかい唇。


 やっぱり少しだけ震えているのがヒナらしくて、それが私には愛らしくて仕方がない。


 触れた後に、また抱きしめる。


 心臓が、とくん、とくんと音を立てているのが、何故か聞こえたような気がして、それから惜しむように、離れる。


 ヒナは顔をもう耐え難いように、恥ずかしそうに、私の胸元へと沈めた。




「しちゃった」


「……うん。これで証明になったかな」


「ばっちり、だよ。……えへへ」


「良かった。ヒナが辛そうなのが、私も1番辛いから」


「せなねぇはまた、そう言うこと言うん……だから……明日も、監禁だよ……」




 私の腕の中にいるヒナの声が、少しずつ小さなものへと変わっていく。




「そろそろ、寝よっか」


「うん……えへへ、安心したから、かな……眠いや……」


「うん。……おやすみ、ヒナ」


「おやすみ……せなねぇ……だい、す……」




 そう、呟いてからヒナは小さく寝息を立て始めた。起こさないように、手錠を外してベッドボードの明かりを消す。


 すぅ、すぅと、柔らかく瞼を閉じるヒナは、安心しきったように私に身体を預けてくれる。


 おやすみ、ヒナ。
















 ヒナを起こさないように、枕元のスマホを手に取る。


 バックライトは当然最低、加えてヒナが眩しくないように、彼女の頭を私の胸で包んであげる。


 写真のアルバムを開いて、今日のヒナを確認する。


 電柱の陰に隠れようとするヒナ。


 洗おうとして、レタスの葉から水を浴びたヒナ。


 身体を隠す事を忘れ、私の裸をじっと見るヒナ。


 アイスを美味しそうに食べるヒナ。


 ヒナ、ヒナ、ヒナ、ヒナ、ヒナ。


 ヒナは出会った頃から変わらぬほどに可愛い。


 だから私の愛もずっと変わらない。


 これからもそばにいて、これからも守って。


 一生、離さないからね?


 『私の』ヒナは今日も、可愛かった。


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒナがくれた首輪、私があげた証明 上埜さがり @uenosagari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ