第4話 そしてまた新たなる宮沢ケンジ

「うわぁ……!」

 この世界へ来てから初めて、剣治は純粋な感嘆の気持ちで声を上げていた。傍らを歩く堅治が「きれいだろ?」となぜか妙に得意げなのが印象的だった。

「改めて、ドリームランドへようこそ」


 洞窟を出たところに広がっていたのは、見渡す限りの緑の地平と天高くそびえる山々の稜線、突き抜ける様に澄み切った無限大の青空と白い雲。そして何よりも驚異的な天空を漂う虹色をした巨大な岩のテーブル――浮遊大陸だった。特に最後のそれは、地球上では決してあり得ない光景なことに疑念の余地がない。


「ぼく、本当にいま異世界に来てるんだな」


 その時、再び足元で「おにいちゃん!」と声がした。剣治の守り抜いた兄妹猫が揃って浮遊大陸を眺めながら目をキラキラさせている。元をただせば、剣治が戦えたのは彼らのお陰みたいなものだ。彼らが仲良さそうにしている姿を見るだけで、剣治は何だか今までの苦労全部が吹っ飛んでしまうような気がした。


「剣治さまがなぜ剣の勇者に選ばれたのか、わたくしにはその理由が分かったように思われます」

 エスペラが突如、剣治の元にとことこやって来て言った。


「妹君のことは、僭越ながらわたくしも耳にしておりました。創世の大賢者もまた、故郷の妹君を深く愛していたと伝わっています。妹君を想い寄り添う優しさ、その愛に満ちた生き様こそが大賢者より受け継ぎし力。剣治さま御自身が、弱きを守る一振りの剣であるという証に他ならないのです」

「……ひとつ、訊いていい?」

 剣治は今のうちに訊ねておくべきだろうとエスペラを見た。


「勇者って、この世界を守った後はどうなるの。元の世界に帰れるのかな」

「正直……何とも申し上げられません。伝説には八人の勇者が召喚されるとしか。ですが」

 エスペラは心なしか力を籠める様にして言った。


「まだ希望は御座います。そもそもおふたりがドリームランドに召喚されたということは、世界と世界をつなぐ魔法が、確かに何処かに存在しているということ。建国以来存在する、王城の地下書庫へ赴けばあるいは、何か分かるかもしれませんが……」


「その王城ってどこにあるの」

「ドリームランドの中心地に。ですが今は、最も凶悪な暗黒獣たちの巣窟となっており、全ての勇者が揃わないことには、奪還や侵入はまず難しいかと……」


 剣治は思わず目を閉じ、静かに天を仰いだ。

 そしてひと呼吸置くと「分かった」と告げ、眼前に広がる果てなき世界をキッと見据えて決意した。


「とにかくまず、他の勇者を探し出そう。ぼくらと同じ、ミヤザワケンジを残りあと六人。だよね?」

 そして必ず、妹が待つ元の世界へと帰る。

 剣治の問いかけに、堅治は心中を察したように優しく、だが同時に力強く頷いてみせた。エスペラもまた意を汲んでくれたと見え、


「ここから最も近くにある次の聖地は北方の大地、今まさに浮遊大陸が見えている方角に御座います」


 剣治は再び鞘に収めたイハートブレードをエスペラに貰った紐で腰に結わえ付けると、更に決意の証として妹に貰ったペンダントを取り出し、自らの首にぶら下げた。


 ペンダントをそっと握りしめると、剣治は決然と顔を上げ、自然と一団の先頭に立って歩き出した。伝説の勇者のひとりとして。あるいは、ただ一人の兄として……。


 * * *


 剣治たちが果ての見えぬ旅路へ歩み出した頃、その様子をはるか彼方より見つめている者たちの姿があった。

「……ショゴスライムが全滅させられた」


 氷の様に冷たい表情を浮かべる長身痩躯の少年は、同じくらいか細い声で呟くと口許にはめた獣型のマスク――ムーンファングを外して、深く息を吸った。


「最下級とはいえ、あの物量を破るなんて……思ってたよりやるみたいだね」

「っしゃあ、次は俺様の番だぜっ!」


 その隣に立つ、こちらもまた長身だが同時に筋骨隆々な体躯の少年が、好戦的な態度を隠そうともせず吼えた。ギラついた目つきが凶暴な印象を否が応にも加速させる。


「シュラナックルがよォ、ケンカがしたくてたまんねぇってウズウズしてんだ!」

「……いや、今は一旦退いておこう。奴らを甘く見ない方がいい」

「ンだよ、ビビってんのかァ?」

「……弱った相手を一方的に殴るのが君の信じる強さなのかい?」

「ンだとコラァ!?」

「……勿論そうじゃないんだろう?」


 粗暴そうな少年はなおも何か言いたげだったが、細身の少年の傍らで、猟犬めいた姿をした漆黒の異形の獣が低く唸っているのを見ると、相手をひと睨みするに留めてその場は大人しく引き下がった。無為やたらと争うだけが能ではないらしい。


 行き場のない戦意と苛立ちを誤魔化すように、粗暴そうな少年は両手に装着したふたつの手甲をガンガン打ち鳴らすと、彼方の敵めがけて一方的に宣戦布告した。


「覚えとけよガキども……次会った時は今度こそ、俺様が全力のてめーらをぶちのめしてやっからよォ!」

「……フフフッ」


 性格も風貌も真逆に思われるふたりの少年たち。

 彼らこそは探し求める次なる勇者――――牙の勇者・宮沢犬治ファングと、そして拳の勇者・宮沢拳治ナックルであった。

 伝説の勇者たちを待ち受ける試練のその真の姿を、まだ誰も知る由などなかった……。


(つづく)

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宮沢ケケケケケケケケンジ大戦 彩条あきら @akira_saijo

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