轍を踏んだ二人の事
紫鳥コウ
轍を踏んだ二人の事
厄災に
この男の罪というのは、悲しいことに、地獄絵から飛び出てきたような都の中で、正義とか倫理とか、理性を固持していなければ信奉できない観念を捨てきれなかったが故に、起こるべくして起きた事なのでございます。
もしお暇でしたら、どうぞこちらの日陰に腰を下ろして、事の顛末をお聞きになってください。
さて……いえ、
さて、まずはその鋳物師の男の素性ですが、それについては格別言うべき事はありません。まあ、そんな男なのですが、或る日、
こう申しますと、婆が気の毒な人だと思われるかもしれませんが、彼女もまた有名な悪人で、或る郎党共と契りを結び、
そしてまた、その刃にかかった鮓売りたちも、食えぬかどうか怪しいものを、飢えゆく者に高く売りつけて悠々と生活を営んでいたのでございますから、…………いえ、もうこれ以上、罪の網を引っ張っても仕方ありません。かの鋳物師の男の事へと話を戻しましょう。
童は男から一目散に逃げておりました。いえ、もしかしたら、だんだんはっきりとしてくる罪悪の気持ちを追い払うために、疾走していたのかもしれません。
その後、この童が、通りかかった
さて、こうなりますと、若侍はお縄にかかるよりほかありません。が、当時の都のことですから、そう簡単に万事は進みません。この某はそれ相応の罰を受けるに足りる事をしました。が、鋳物師の男にその責任を転嫁することを、この若侍は思いついたのです。曰く、
「男が童を
荒廃とした都のことですから、必ずしも某の方へ一斉に罪を負わせようなどという力が働くはずがありません。むしろ今となっては、同情というものこそが、一昔前より一層、人々に訴求するようになっておりましたから。
今度は鋳物師の男の方が、某という若侍の弁明に対して
しかし、童の死骸を抱きかかえた母の涙が、轍の上に落ちて黒い染みを作っているのを目にしたせいで、それをはっきりと口に出すことができませんでした。
この男はいま、あの童の死骸を押し付け合う土俵の上に立たされているのです。二人の
しかし、この鋳物師の男には、こんな考えも浮かんでいました。
(誰か一人が、本当に悪いという事ではないのかもしれぬ。確かに
* * *
あれから都は正気を取り返し、前のような賑やかさと豊かさが目に見えるようになりました。
ちょうどその頃、或る國の或る村の外れの
そうした騒動ですから、或る殿様が、その仙人をここに連れてくるようにと家臣に命じたのは、自然の数でございましょう。
さて、主の命を受けて、
花曇りの日のことです。侍の目の前で、杖をついた童のような何者かが、幸福な微笑を見せていたのでございます。
轍を踏んだ二人の事 紫鳥コウ @Smilitary
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