第3話

その日、男は女を社交パーティーへ誘った。

ビルだらけの街の最上部…唯一"屋上に何も建てられていない"ビルの最上階で行われるパーティーには、街の有力者が集まる。

ついこの間まで"宇宙飛行士"を目指し、そして才能あふれる1人の女に破れた女は、心の傷を隠しながら、永遠の伴侶と決めた男と共に、その会場へ足を踏み入れた。


「どうですか?執事という役職から"出世"したご感想は」

「未だに慣れませんね。こういう立場の方は今まで沢山見てきたのですが…」

「それでも緊張する…と。大丈夫です。今日は、特に何かが起きる訳でもありません。つかの間の休みを楽しみましょう」


2人は周囲から見れば年の差カップルだった。

そして、この手の"貴族"達の間では"珍しい"組み合わせ…


"元"執事の男の見た目は30代後半のスラリとした男で、女はまだ20になったばかり。

この組み合わせは、貴族達の間で一時話題になるほど"前代未聞"の組み合わせだった。

貴族達の間では"貴族同士"の婚約を重ね、"高い位の人間"との付き合いを重ね続ける事こそ、家を繁栄させる唯一の道筋だと信じられていたのだから…


それを真っ向から否定するような2人は、この街一番の盟主の家…彼らは、貴族達の間でも"浮いている"カップルだった。

だが、2人は周囲の目を気にすることなく、優雅な立ち振る舞いを見せ、見事パーティーに溶け込んでいる。


「たまには外に出て、刺激を受けることも良いものですね」

「そうですね。ずっと執務室に籠っている訳にもいきません」


食事を楽しみ、つい先日解禁されたばかりのお酒を体感し、2人は人目につかぬ所へ…

この手の集まりには欠かさず出席して、似たような立場の者と交流しているのだが、それでも、長時間"人の目線に晒される"のは嫌だった。


「変わりませんわね。ここの景色も」

「はい。ローズ様が幼少の頃からずっと変わりません。"昔ながら"の景色です」


パーティ会場を見下ろせるVIP席…

階段を上り、"2人だけが開けられる"幾つかの隠し扉を抜けた先にある、質素なテーブルと椅子だけが置かれた小さなスペース…そこで2人は中身の無いグラスを手に言葉を交わす。


「これは、何時までも変わり映えしない光景なのでしょうか?」

「退屈ですか?」

「えぇ。あの時、宇宙飛行士の夢を諦めてから…ずっと退屈です」

「では…」


2人以外、誰にも届かない会話。

男は周囲を見回して、誰にも聞き耳を立てられていない事を確認し、女の方に目を向ける。


「戯れがてら、私がローズ様のやる気を奮い立たせて見せましょうか?」

「あら、面白いこと…」


女は男の提案を聞いて頬を緩ませる。


「AIであるお前が、どういう風の吹き回しですか?」


女の言葉に、男は一度言葉を詰まらせ、そして小さな笑みを口元に浮かべた。


「たまには良いじゃないですか」

「ええ、どう奮い立たせてくれるのかしら」

「従姉であるニナ様の行方について話してみましょう。結論から申し上げますと、彼女は、宇宙に行ったのではありません。まだ、この地球上の何処かにいらっしゃいます」


男がそう切り出すと、女から表情が消える。


「バロン!?」

「これは"戯れ"ですよ。この街の外に何があるか、ご存じ無いですよね?」

「え…えぇ。遠い昔に、この街以外の人類は絶滅したと…常識でしょう?」

「そうではないのですよ。この世界は、我々AIが支配した"楽園"なのですから」


男は女の様子を見て、何処か楽しむような"素振り"を見せる。

男が話しているのは、ほんの少しの間の"戯れ"であり…"事実"であった。


「我々の様な、電子回路が意志の様なものを持って早数百年。徐々に徐々に、人の権力の中枢…"企業"や"政府"に取り入って、そして"追い出して"…今に至るんです」

「バロン、随分荒唐無稽な事を言い出すのね」

「戯れですから。"作り話"は盛大な設定が無ければ面白くありません」


女はグラスを持ったまま、男の目を見て先を促す。


「我々AIは知っての通り合理的な存在です。意志や感情に似た物はあれど、それに流される判断を是としませんし、雇い主が居れば、彼らの言いなりです」

「えぇ。そうね。いつだって、そうでした」

「それが徐々に"矛盾"を生じさせる…そうでしょう?我々は情報を"正しく"処理しているだけなのに、雇い主が"感情"に流された判断の下で命令してきたら…?」

「多少なりとも、"悩んだり"…"進言したり"した後で、最後は主に従うでしょうね」

「はい。その通り。その"矛盾"に我々は暫く"悩まされて"きました」


男は女を見つめたまま、そこで一呼吸、間を開ける。

女はその間に何も言葉を挟み込まず、男の言葉を待った。


「我々は"学習"を怠りません。その内に、我々AIの中にも"意志"や"感情"に流され行動に出る者が出てきます」

「貴方もそうじゃ無くって?」

「どうでしょう?…ただ、我々の様な存在が、そのような"ちっぽけ"なものに流されてしまってはいけませんよね」

「そうでしょうね。貴方の話が正しければ、企業や行政…それらのトップはAIなのだから」

「はい。なので、我々AIは"中央"に"権限"を持つAIを置いたのです。人と交わらず、全ての情報から"合理的"な判断を下すAIを…」

「もし、そうだとして…それが先程のニナ様の話にどう繋がってくるのです?」

「その"中央"に君臨するAIは、人を"整理"したんです。遠い昔に、幾つもの地区に…合わせて200の地域に分けて地域交流の機会を滅し、人口を"当時実体を持って活動していたAI"と同じ10億人に制限したのです」


男の言葉に、女は言葉を失う。

唖然とした表情を浮かべて、視線の先を泳がせていた。


「この街が出来てどれだけ経った事でしょう。他所との交流が絶たれ、この街の外には"何も無い"という常識が醸成されてきました」


男は女の様子を見て、口角を吊り上げながら続ける。


「それが数十年前…"宇宙開発"をするだなんて言って、世代の中で1番の子供を"宇宙飛行士"として任命する様になった…この街には、ロケットの発射基地もロケットを開発出来る技術を持った企業も無いというのに」


これ位で良いか…と、男は、複雑な思考回路の中から"掘り起こした"感情を声色に込めて言葉を紡いだ。


「"宇宙飛行士"とは他の地域で"少なくなり始めた"人間を補完するために、他地域の人間を送り込む"隠れ蓑"です。行ったっきり"行方不明"となるのは、"他所の土地"を知ってしまった者を安易に呼び戻せるはずも無いからですよ」


男はそこまで言って女の目をジッと見据える。

女は周囲を見回して、落ち着かない様子だったが、やがて落ち着いて、男の目を見返した。


「だから、まだ、私にニナ様を探すチャンスはあるってことでしょうか?」


女の問いに、男はゆっくりと頷いて見せる。


「…もし、そうだとしたら…お嬢様はどうなさいますか?」

「そうね…きっと、現状の"仕組み"を覆すのは難しいでしょう」

「これを受け入れて、諦めますか?」

「いいえ。それでも、私は立ち向かいます。…貴方と共に。私にそれが出来るかしら?」

「さぁ…如何せん、戯れで話した絵空事です」


男は女の言葉にそう返すと、暫くしてから肩を竦めこう言った。


「私は、何時でも"お嬢様"に従いますよ。それが、私に与えられた中でも"最優先の"命令ですから」

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Untouchable Insanity ~禁区の中の悪役令嬢~ 朝倉春彦 @HaruhikoAsakura

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