第5話

 二人は小さな石橋の上で足を止めた。


 車も通ることも出来ない小道、せせらぎの聞こえる小川。


 暗がり中、千冬は手元を確かめるように古い石橋の石手すりに手を乗せた。


 しゃがめばその清涼に触れられてしまう程、流水に近く、

好き勝手に生えた茅達が膝をくすぐる。


 遠くから聞こえる蛙の声と共に祭りの喧騒が耳元をかすめていた。



 「ここで見よう、花火。もう始まるから」


 「すっごい静かで誰もいない。

こんないい隠れスポット、よく見つけたね?」


 「家が近くなの。ここ、いいでしょ?

みんながお祭りの音や匂いに釣られてぞろぞろと歩いていく中、

私達は離れた静かな場所で、

他人事のようにみんなが知らないこの場所で見上げるの。

なんか私達だけ特別な感じしない?」


「ちょっとわかるかも・・・」


「あ、でもかき氷はお祭りに必須だから」


 ブルーハワイ味のかき氷をズンと前に突き出すと

千冬は呆れたように笑った。


 そしてその笑みを皮切りにしたかのように

前触れもなく火薬が空に触れ、炸裂音と共に夜空に花が咲いた。


 一輪、また一輪と咲いては散る大輪の花々


 それから何を言うでもなく

石橋の手すりに二人は袖を預け、

暫く《しばらく》夜に広がる玉虫色の光を見上げた。



「私、感謝してる。柚夏がいなかったら、

どうせ無駄とか、やる意味ないとか、

ひねくれもので終わってたかも。」


「今もひねくれてるけどね・・・」



 空を真似して七色を浮かべる小川。


 小さく笑みを浮かべる柚夏を、

上と下から花火が燦然さんぜんと照らす。


 千冬は彼女の方を見ないようにしながら

肘で小突き、向日葵柄に触れた反対側の手を静かに上げると

そのまま、手すりの上に垂れた柚夏の手の甲に忍ぶように乗せた。



「・・・?」



 ドンドンと胸を叩く花火の音に遠慮えんりょするように、

柚夏は眉を高くして首を傾げた。



「これはお礼だから」



 千冬の、とても小さな吐息交じりの声は、

轟音の中でもはっきりと耳の中に入り込んだ。




 そして、

夜花が映す二つの影は一つになり、

かき氷の溶けたみぞれが夏夜の空にどしゃりと落ちた―――

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夏草が邪魔をする かのえらな @ranaeru

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