第30話.新たなる時代を生きてゆく者たち

 サルザリア大壁攻略から数日かけて魔境軍総軍は再度態勢を整えた。

 魔導星術の反動を受けていたあたしの身体も回復してすっかり元気。


「カンバル帝国も迎撃の用意をしていることだろう。腕が鳴るな」

「何だっけ、えーと、剣聖? っていう人がいるんだよね?」


 魔境で暮らすようになってからあたしはこの大陸のことを沢山学んだ。剣聖の称号を持つ人間の話もその内の一つ。


「へぇ。強いのかな、そいつ」

「そうなんだろうね」

「よし、ならばそれは俺がやる」

「はぁ? 僕がやりますけどぉ??」

「そっちの好きにして。あたしは星術院潰しに行くから」


 ヒースラウドとセシリージゥが額を突き合わせて睨み合う。物理的にバチバチ火花が散っていた。青銀と濃紫の魔力光だ。空気がひりつくからやめてほしい。


 剣聖とやらは、あたしが倒した大陸最強の星術師コルネル・サルザリウスから星術器を授けられた内の一人だ。


 コルネルに認められた強者だけが持つことを許される、最強の星術師の手による武器はこの大陸上に十個あるらしい。

 あたしが先日ミセス・ハンナドールの『羅睺らごう』を破壊したから残りは九つ。剣聖の持っているものはどんなだろう。


「ふん、貴様よりも俺の方が適任だろうセシリージゥ」

「何をもってそう言い切ってるわけぇ? 僕なんて剣効かないんだからね?」

「そんなのつまらんだろうが。斬り合った上で敵の剣ごと圧し斬るのが最高だ」

「これだから脳筋は……」

「怠惰極まりない奴に言われたくない」

「やることはやってますぅ~」

「ならばもっとしゃきしゃき動かんか」

粘液体にそれ言う?? ゆったりしっかりが僕のモットーなんですけど」

「戦場でもゆったりとは優雅なことだな」

「確実に呑めるから問題ないもん。興奮しすぎて暴れる誰かより絶対マシだね」

「やるか? セシリージゥ」

「いいけど? ヒース」

「いや、これから出撃って時に何してんのあんたたち」


 本格的に喧嘩が始まりそうだったのでウィリデの杖先を突っ込んで割り込む。むっ、と不満げな顔を向けられて「ばか」と肩を竦めた。


「二人で仲良くやればいいじゃん」

「愚か者、我々どちらか一人で倒せる相手に二人がかりなど無駄なこと」

「そうそう、だからどっちがやるか話し合ってんじゃん」


 馬鹿なの、とセシリージゥに言われて今度はあたしがむっとする。ウィリデの翠玉エメラルドがぎらぎら輝いた。


「言うじゃん? だったらそっちもあたしが片付けてあげようか?」

「ふぅん? 欲張りだねぇ、ララ」

「俺の獲物を掠め取ろうというのか、小娘? 笑止、調子に乗るなよ」

「あ、ヒース。何ちゃっかり“俺の”とか言っちゃってんの? 僕の獲物だけど??」

「何か問題があるか?」

「もう仕方ない、はっきりさせようじゃん」

「ふはは、いいだろう」

「いいよ? 後悔するだろうけど」


 ヒースラウドの手が背中の戦斧の柄に、あたしの体表に魔力が揺らめき、セシリージゥの四肢がとろけ始める。


 一触即発、睨み合ってお互いに機を窺う。そのとき。


「――こら」


「わ」

「閣下!!」

「魔王様っ!」


 呆れた、といった表情のカルラルゥが現れて腕を組みつつ「やめなさい、お前たち」と溜め息をついた。三人で姿勢を正す。


「そろそろ出るよ。持ち場につきなさい」

「はぁい、先生」

「承知しました、閣下」

「任せて、魔王様」


 あたしはヒースラウドたちと同じように駆け出そうとして、ふと思い立ってカルラルゥを振り返った。


「ねえ、先生」

「ん? どうした?」

「あのさ、ここ数日考えてたんだけど……」


 まとめていた考えをぽつぽつと話して聞かせる。魔法を使える同胞を、相手が望むのであれば助けて仲間に加えたい、という話だ。


 あたしが話す間、カルラルゥは長いまつ毛に縁取られた紫の目をゆっくりと瞬きながら静かに耳を傾けていた。


「――って、感じなんだけど……」


 どうかな、と見上げる。すると、白皙の美貌に柔らかな笑みを浮かべたカルラルゥは「いいんじゃないか」と頷いてくれた。


「ほんと?」

「嘘を言ってどうするんだ。私はお前の考えを支持するよ」

「そっか……ありがとう、先生」

「そうして何か新しい目標を定めるのは良いことだからね。折角だ、その件は全てお前に任せるとしよう」


 仲間に引き入れた者は全てお前の指揮下に入れなさい、と言われて頷く。まさかここまでやらせてくれるとは思わなかった。


「ありがとう、あたし頑張るね」

「ああ」


 眩しいものでも見るような顔で笑うので、あたしも目を細めて笑い、陽光を受けて輝くウィリデをそっと掲げる。


「――勝とう、先生」

「勿論」


 そうして頷き合い、あたしはパッと身を翻して自分の率いる配下たちのもとへ駆け出した。







「復讐を果たした後のお前の人生の目標が見つかって良かった。成せ、ララ。そうすればきっと、その先も歩んでいける」






 魔境軍総軍、カンバル帝国へ向けて進軍を開始。サルザリア大壁陥落はほんの序章とばかりに轟いた魔物たちの足音。


 のちに大陸全土を覆い尽くすことになる大戦の本当の始まりを知らしめる鬨の声が上がったのは、空に天狼の星煌めく初冬のことだった。






――――――






 ――四年後。




「――っ、重、たいッ……!」

「一緒にやる、っ、おもッ!!」

「ちょっとしっかりしてよ……重ッ?!」


 地中に埋まる石柱を掘り起こしていた少年少女がひぃひぃ悲鳴を上げる。


 正直なところこんなもの見なかったことにして埋めてしまいたい。だがしかし、今後この場所を活用していくにはあってはならない物なのでそうはいかないのである。


 それに、放置なんてしたら敬愛する上司に叱られてしまうので、彼らは頑張っていた。


「クッソ~、サルザリアの奴らめっ……! こんなっ、重いものっ……!!」

「何でこんな重くした?! 意味分かんないんだけど!!」

「軽量化を図る頭が無かったんだろー!! このやろーっ!!」


 緑の瞳の少年が悪態をつき、亜麻色の髪の少女がぶちギレる。眼鏡をかけた少年が空を仰いで遺憾の意を表明した。


 掘りに掘った大きな穴の中、頬や鼻先に土をつけた彼らは疲れきっていた。何せ、やっとこさ掘り出した元サルザリア大壁の基礎がびくともしないのである。


 彼らの仕事は、元サルザリア大壁の星術除去作業であった。


 魔境の根たる深淵を抱く大陸の南端へ到るための荒野と魔境の新領土を繋ぐ場所に、星術の力の色濃いこれがあっては都合が悪いのだ。


 砕かれた大壁の基礎には、星術結界の術式を仕込まれた石柱がいくつも埋まっている。


 それを掘り出して破壊できるのは元人間であり、星術が毒とならない彼らの部隊だけ。そういうわけで彼らは上司共々、サルザリア大壁跡地に派遣されて日夜星術除去作業に従事しているのであった。


「うぇ~ん、動かん、爪先ほども動かん……」

「泣くな、ティル。泣いても、こいつは動かない……」


 うにゃうにゃ泣き出した少女――ティルを慰めながら、少年――ナバチは疲れきったおっさんの顔で天を仰ぐ。眼鏡についた土を拭いた少年――ポラリスは肩を竦めた。


「しょうがないよ、ララ様を呼ぼう」

「――あたしがなぁに?」

「「「わ」」」


 突然降ってきた声は彼らが敬愛する上司のそれだった。穴の上から日を遮って影を落とすその人を見上げた三人はわいわいきゃらきゃらと途端に元気を取り戻す。


 ララ・シズベット。彼らの直属の上司であり指揮官。魔王の三人の側近の一人であり、先の大戦で多大なる戦果を上げた英雄。


 そして、彼らのような魔法を使えるが故に迫害されていた者たちを救い上げたひと。


 艶やかな黒髪をさらりと揺らして、琥珀の双眸を細めた彼女は「で、どうしたの」と小首を傾げて見せた。


「ララ様、これびくともしなくて」

「ふぅん、あ~……でっかい基礎だねぇ」

「わたしたち、頑張ったんですよ? でも、ほんと重くて……」

「よしよし、あたしに任せなさい」


 三人は穴の中からふわふわ飛んで抜け出すとキラキラした目でララを見つめる。構えられた魔導具は彼女の半身とも言われる杖『落涙のウィリデ』。


 星の瞬きを閉じ込めたような翠玉エメラルドが煌めいて、溢れ出した魔力が大地に浸透する。ごごご、と低く唸るような振動が足裏に届いた。


「――さあ、いい加減抜けなよ」


 命令が石柱を震わす。最後の抵抗のつもりなのか、僅かに残った星術術式が激しく明滅するが無駄だ。

 土煙を撒き散らしながら石柱が持ち上がっていく。魔力による不可視の手が、深く深くに埋まったそれを躊躇いなく引き抜いているのだ。


 三人の魔力ではびくともしなかった。ララの魔力操作がいつも通り非常に見事なので、少年少女は目を真ん丸にしてそれに見入る。


 そうして引き抜いた石柱をそのままふわふわ浮かして破砕所へ運び、ララは三人を振り返った。


「じゃああたしはこれで。続きも頑張って」

「はいっ!」

「ありがとうございました!!」

「頑張ります!」

「ふふ、うん、何かあったらまた呼んでね」


 黒衣の裾を揺らし、軽やかに破砕所へ駆けていく彼女の背をほわほわ見送って、顔を見合わせた三人は「やるかぁ!」と笑った。






 この大陸における人類と魔物との戦いはあの初冬の日から三年半続き、あたしたち魔境の軍勢は丁度半年前に見事大陸全土を掌握。長い、長い戦いだった。


 その道程であたしは、さっきのティルやナバチ、ポラリスのような魔法を使える同胞を見つけては拾って、自分の配下に加えた。


 ポラリスなんかは特に酷い環境にいて、彼に名を与えたのもあたしなものだから初期の頃はあたしを女神扱いしてて大変だったっけ。

 今では「あー、うん、女神ってより次期魔王様かなぁって……」って目をそらす。何かちょっと失礼じゃない??


 カルラルゥは大陸全土に派遣した魔境の将たちと日々連絡を取り合っては統治の方向性を決めていっている。ヒースラウドやセシリージゥもあちこちを飛び回っていて最近は会っていない。


 そしてあたしは、星術のかかった文物に触れられる元人の子部隊、正式名称は『星術残存地回復作業部隊』を率いて現在はサルザリア大壁跡地で仕事をしている。


 物凄く忙しい。時々元人の子仲間としてカルラルゥが助けに来てくれることもあるけど、基本はあたしの率いる百人ちょっとで、なるべく早く星術の除去を済ませなきゃいけないのだ。


 ……でも、すごく満たされてる。


 サルザリアを落とした日、胸が空虚で将来のことなんて全然想像できなくて、その中で唯一考えていた同胞の救出。

 いざ始めてみたら急に日々が目まぐるしくなって、助けた人たちに対する責任があたしを立たせ、彼らから返ってくる沢山の思いがあたしを満たしたんだ。


 その間もウィリデはずっとそばにあって、あたしを支え続けてくれた。今も、これからも、あたしの相棒だ。


 今になってみれば、あの日カルラルゥがあたしの考えを支持すると言ってくれた理由が分かる。


 こうしてあたしがこの先を歩んでいくためだったんだ。同じように復讐と憎悪に身を焦がした仲間だからこそ、あたしが戦後に空虚になってしまうことを危惧していたんだと思う。


 彼女には魔境の民がいるけれど、あの時のあたしにはウィリデしかなかったから。


 だからあの日の彼女の言葉に毎日感謝している。あたしの魔王様、側近としてこの先もしっかり仕えていくつもり。



 日の光が眩しい。真っ白な日光が、青い空からあたしたちの上に注いでいる。もう少ししたら昼休憩の時間だ。あとひと頑張り。


「わぁ~柱溜まってるなぁ……今日も砕いて砕いて砕きまくろうね、ウィリデ」


 大陸全土を覆った魔物の住まう地、魔境。まだまだ課題は山積みで、長閑さとは程遠いけれど、あたしは今日も、ここで生きていく。







【完結】




――――――


あとがき


 これにて完結でございます。

 最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。

 書いていてずっと楽しかった作品で、作者としても非常に思い入れのある一作となりましたのは読者の皆様の存在あってのこと。皆様には感謝申し上げます。

 またどこかで私の作品を見かけられましたら応援いただけますと幸いです。


 最後に、どうぞよろしければ感想コメント、レビュー、☆などを残していっていただけると完結の喜びに加えて更に嬉しく思います。


 それでは、完結までお付き合いいただいて本当にありがとうございました!

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監視塔の聖女~炎の中、真実を知った少女は復讐を誓う~ ふとんねこ @Futon-Neko

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