蝉の抜け殻が、恋をした。

桜 透空

蝉の抜け殻が、恋をした。


猫の額ほどの庭木に鎮座するクマゼミのわれはゆうゆうと鳴き


パソコンで今日も筆をとる三十路女みそじおんな黄昏たそがれどきの縁側でひとり 


軒先にひっそりと垂れる金魚鉢からのいいに我、天翔あまかける


ご飯だよ、揚げ物作る母の声。匂いでわかる今日はトンカツ


天罰か、どしゃ降りからの造形物。湿気と闘う三十路女と髪


缶ビールと推しメンだけで生きている冴えない女は今日も輝く


降りやまぬ足を空にし雨だれの、したたるように我は地に落ちた


シャワシャワと赤子のように鳴く我を、雨いとわずにすぐ駆けてきて


掴む手に恥じらいさえも包み込み乾いた幹へ、我雨宿り


姿みぬ連日連夜きみをう。星月夜ほしづきよにて嗚呼、気もそぞろ


月満ちる「部長ばかやろう」と縁側で息巻くきみは枕を濡らす


片陰かたかげに洗濯したての鯉のぼり虎視眈々こしたんたんと我に見入るきみ


三十路女のまなじりは面映おもはゆい。我はひときわうるさく鳴いた


長電話、心許す友と語らへば待ちぼうけのスイカ汗滴る


色褪せぬ水中花など流されて眠りしひつぎに騒がしくなれば


やつれびと浮雲のやうに喪に染まり祖母に並びて挽歌に忍び泣く


筆を折り推し活さえも枯れてゆき三十路女は抜け殻になった


夢か刹那、身を焼くほどに喉を枯らし傷心なきみの我はそばにいた


あかつきを迎えた空を仰ぎ見れば我は落ちて空蝉うつせみとなり


幾ばくの灯り尽きてなお恋焦がれ地となりしこの身、またきみに会いたい。



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