陽炎のその先へ

しあわせカギしっぽ

 陽炎のその先へ


「ねぇ、ナオ。ほんとにココア味ばっかでいいの?」

「だってナナコ、バニラ味の方が好きなんでしょ? 私ココア味好きだからバニラ味全部ナナコにあげる」

「でもちょっとはちがう味食べたくならない?」

「家じゃもう慣れっこだし、だからいいの!」


 そんな昔の出来事が頭の中にフラッシュバックされた。



 桐谷奈央きりたになおとの出会いは小学1年の時。


 その当時の私はちょっとアレな子だったけどナオは違っていた。周りの大人たちも一目置くほど勉強も運動も出来たし、おまけにルックスもとんでもなく良かった。

 

 そんなナオと奇跡的にも小学3年生までずっと同じクラスでいた私たちはお互いの無い部分に惹かれ合うようにいつも一緒だった。



「ねぇ私たちずっと一緒だよナナコ!」

「『ずっと』ってことはってこと?」

「結婚…ナナコとならそれもいいね!」

「じゃぁ大人になったらケッコンしようねナオ!」


 と、幼いながらも結婚の約束をしてしまうほどに私とナオは仲が良かったのだが…、



 小学3年生の夏休みにナオが事故で帰らぬ人となった。



 ――――――――



「んーーーー! やっと着いたぁぁぁ! やっぱこっちも暑いなぁ!」


 電車を降りた途端、出迎えてくれたのは強烈な日差しと生暖かい湿った夏の空気、そしてどこか懐かしさを感じさせるこの街特有の匂い。

 私は改めてこの街に戻ってきたこと実感した。


 都心から電車を乗り継いで2時間。


 わたし、浜崎奈々子はまさきななこは夏休みを利用して、ナオとの思い出の地であるこの街に再び戻ってきた。


「10年ぶりか…。駅前とかもう私の記憶の景色と全然変わっちゃってるな…」


 私はお母さんからもらったメモを頼りにナオが眠るお寺を目指して改札を出た。


「あ! どこかでお花を買わなくちゃ」


 幸いなことに駅近くにお花屋があったため仏花は難なく入手することが出来た。


「あとはバスに乗れば…あれか」


 そして駅前のバスターミナルに目をやればちょうど停車していたバスがナオの眠るお寺行きのバスだった。


 ヤバい。何なの今日? なんだかとんとん拍子すぎて怖いんだけど!

 そんなことを思いながら停車していたバスに乗り込み、一番後ろの席に座ると程なくしてバスは出発した。


 「ふ~、極楽極楽」


 涼しい車内には私以外の乗客はおらず、そんなことで優越感を感じてしまうほど小市民と化してしまった今の私を見たらナオはどう思うだろうか?

 

 そんなことを思いながら光色に包まれた街の景色と思い出の景色を照らし合わせながら私はこの街にいた時の面影を探そうとしたのだが一切見つけることができなかった。


「無理もないか。あれから一度だってこの街には戻って来なかったもんね…」


 ナオが亡くなってすぐにお父さんの転勤が決まり、我々家族はまるで逃げるようにこの街をあとにした。

 一般的には慣れ親しんだ街を出るというのはそれなりに心労があるとは思うが、少なくとも私はそんなセンチメンタルな気分に浸るようなことはなかった。


 だって私にとってこの街で一番大切なものを失って一体この街にどう未練を持てというのだ。


 まるで夢と現の間を走る銀河鉄道(いや路線バスか)にでも乗ってしまったかのように私はナオとの思い出に浸りながらぼーっと外を眺めていると、やがて目的地であるお寺の名前のついたバス停名が車内アナウンスされたので私は透かさずピンポンを押した。


「趣のある門だなぁ」


 私を出迎えてくれたのはかやぶきの屋根の立派な門とお線香の香り。

 もちろん本堂も立派な作りではあったが、私の目的地はあくまでナオのお墓だけなので本堂には立ち寄らず遠目から一礼をしただけでそそくさと墓地へと足を運んでしまった。


 そういえば私お寺の場所がお母さんから聞いてたけど、お墓の場所までは聞いてなかった。 

 門構えから見てもこのお寺さんはさぞかし由緒あるお寺さんなのだろう。ざっと見ただけでも優に100基以上のお墓がある。

 

 この炎天下の中、日傘も差さずに一基一基名前を確認するなんて……。


「…仕方ないか」


 私は覚悟を決めて一人ローラー作戦を決行しようとしたのだが…、


「ん?」


 道の向こうから真夏の太陽光が真上から照らされまるでランウェイでも歩いているかのように颯爽と黒髪ロングの超絶美人がこちらに向かって歩いてくる。


 かっけぇぇなぁ。


 けれどよくよく見れば彼女は学校の制服を着ている。


 まさかの同世代⁉ あまりの凛とした歩き方にてっきり大人のお姉さんって感じがしちゃったよ。


 あまりジロジロ見ては失礼だと思い、彼女を横切る際に軽く会釈をしてそそくさと通り過ぎようとしたのだが…、


「ナナコs…?」


 『ミンミン』とセミの声が鳴り響く墓地の中において彼女の声は鮮明に私の耳へと届いた。


「へ?」


 まさこんなところで私の名前が出てくるとは思いも寄らなかったため人前では見せてはいけないレベルの口半開き状態のアホ面を思いっきり彼女に晒してしまった。


 けれどこの超近距離のおかげで私は彼女の美しい顔立ちをしっかりと拝むことができたのだが、次の瞬間私の脳内にまるで雷に当たったかのような衝撃が走った。


「ナ…オ?」


 いや、まさか! そんな言葉がまず頭を過った。

 だってナオは……。


 脳内では自分の発した言葉と自分の知る事柄と目の前にいる人物像がまるでパソコン周辺のケーブル類のようにこんがらがりただいま絶賛混乱中となってしまった。


 ただ『時』というのは残酷なもので自分の中でまだちゃんとした答えが見いだせていないうちのに彼女の方から声をかけられてしまった。


「やっぱりナナコなのね。ねぇ私のこと覚えているかしら?」


 忘れるわけない。

 桐谷奈央きりたになお


 幼馴染で、学校があろうとなかろうといつも一緒で、そして結婚の約束までした私の無二の親友……


 確かに今、目の前にいる彼女は私のよく知るナオの『大人にした姿』を完璧に体現したまさに100年に一人の絶世の美女だ。


 でも彼女はもうこの世にはいない。クレオパトラや楊貴妃みたいもの。 

 だからこれはかなり悪質ないたずらなんだ、そう理解した。


 私は警戒心と怒りを心に宿して目の前の彼女に立ち向かわなくてはいけない!…そう思ったのに…。

 

 もし……もしも彼女が本当に生きていたとしたら、私はこの10年で貯め続けてきたナオへの行き場のなかった想いを、謝罪や怒りや、そして感謝を全部ぶちまけることができる。そんな胸躍る欲望が高揚感となって私の理性をむしばんでいく。


「本当にナオなの?」

「何をそんな鳩が豆鉄砲を食ったよう顔して。私は私、桐谷奈央よ」

「だってナオは10年前に…!」


 死んだはず。


 でも言えなかった。もうとっくに自分の中で整理がついたことなのに…。

 そんな私の気持ちを察してくれたのか目の前のナオそっくりの女性は何も気にとめない様子で言った。


「私が幽霊に見える? 足、ちゃんとあるけど?」


 そういって彼女は片足を上げると制服のスカートからのぞかせたなんとも美しい御御足おみあしが夏の日差しを反射させ、目がくらんだ。


「おぉ…じゃなくて! 本当にほんとのナオなのあなた⁉」

「だからそうだって言ってるでしょ? あなたの親友で結婚の約束もした私のことを忘れたの?」


 確かそうだ。

 ナオは人にベラベラとものをしゃべるような人間じゃなかった。だから私たちの結婚のことも他人が知るなんてことはありえない。


 じゃぁなんで目の前の彼女が私たちの『結婚』のことを知っているんだろうか?


「でも、ナオは10年前に死んだはずでしょ! どこの誰だか知らないけど死んだ人間をからかうようなこ――!」

「あなたは!」

「へ?」


 私が最後までしゃべり切る前にナオ(仮)が私の言葉を遮るように言葉を重ねた。


「あなたは、ちゃんとその目で私の死体を確認したのかしら?」

「何そのミステリ小説で使われそうなセリフ⁉」


 まさかそんなセリフを現実に聞く日が来るなんて思いも寄らなかった。


「どうなのナナコ? 見たの? 見てないの?」

「それは…」


 見ていない。

 確か当時、ナオの家族はそのあまりのショックから葬儀はおろかお別れの会すらも執り行われず、喪に服したと聞いている。


 ただその当時のことは私も幼く、また突然決まった父親の転勤の関係で引っ越しなどもあったためバタバタしていてよく覚えていないというのが実際の所なんだけれど…。


「見ていないのでしょう? だったら私がなんて決めつけるものではないわ、ナナコ」

「でも…」


 正直この暑さと突如突き付けられた真実、そして何より『ナオ』と名乗る謎の美少女の登場で私の頭は完全にパンクしてしまった。


「と、いうわけでコレはもういらないわね」


 そういうとナオ(仮)は私の用意していた花をスッと奪い取り、近くの『伊藤家』さんのお墓の花立てに雑に突っ込むと私の手を取り走り出した。


「ちょ、ちょっと! どこ行くの⁉」

「バス停。もうすぐ駅行きのバスが来る時間だから。久々なんだからちょっと街をぶらつきましょう」

「え⁉ でも私、のお墓参りに…」(あ。私いま、この目の前にいる謎の美少女のことを『ナオ』だと認証しちゃった…)

「だからもう必要ないって!」


 そう言うと今まで絵に描いたような『クールビューティー』キャラっぽかったナオ(仮)の口端がクッと上がっていた。


 かわい…。


 そんな彼女の表情を垣間見てしまうと年相応…いや、昔のナオのようにあどけなくも凛としていてそれでいて可愛くて頼りになったあのナオが本当に戻ってきてくれたような気がして、まるで私まであの頃の戻ってしまえる気がした。



 夏の陽炎の中をナオ(仮)と手を繋いだままバス停まで走る私はそんな彼女に気づかれないように握っていた手をほんの少しだけ強く握りしめた。



 ――――――――



 言いたいことは山ほどあった。

 「なんであなたはあんなところにいたの?」とか「生きていたならどうして連絡くれなかったの?」とか、あげてしまえば切りがない。


 でも、それは出来なった。

 もしそうしてしまったらせっかく現れた夏の幻想ナオがいなくなってしまうような気がして…。



「うわ~! 懐かしい~! ここまだやってたんだ!」


 やってきたのは昔よくナオと来た文房具店。場所もうすっかり忘れてしまっていたけど、ナオ(仮)の案内で10年ぶりにここに来ることができた。


「あなたね。そういうことを平然と店内で言うものではないわ」


 私はナオ(仮)の言葉を聞こえなかったことにして高ぶる心を抑えつつ店内を物色した。


「うっそ⁉ このシリーズのメモ帳まだ売ってたんだ⁉」

「あなたね…。その微妙にマウントを取るような物言いもよしなさい」


 もちろん今のも右から左へ。


「あ…これ…」


 そして私はある消しゴムに目が留る。


「この消しゴムがどうかしたのかしら?」

「ねぇナオ(仮)、これ覚えてない? 昔お揃いで買ったやつ!」


 それはまるで女の子のためにあるようなレインボーカラーの星型消しゴムだった。性能よりも可愛さ重視のまさに可愛さ至上主義の結晶と呼ぶべき一品。


 昔の私はその見た目に一瞬で心を奪われ購入を決意したのだが、なんとなく一人で買う勇気がなく『ナオも一緒に買おう』と誘ったのだ。

 

「…そう…だったわね」


 けれどそんな私の熱量とは打って変わって妙に歯切れ悪く返事をするナオ(仮)。


 ま。そうだよね。昔使ってた消しゴムの種類なんていちいち覚えているはずないよね…。



 続いてやって来たのは駄菓子屋だった。(ここもよくナオを一緒に足を運んだっけ)


「うわ~! 懐かしい~! ここもまだやってたんだ!」

「いや、だからあなたね…」


 ため息混じりに息をつくナオ(仮)を置き去りにして私は入り口近くに置いてあったカゴを手に取り、これでもかと言うほど駄菓子をカゴに入れていった。


「太るわよ」


 呆れ気味に忠告してくれるナオ(仮)だったけれどこの街に来てから何も食べていない私にとっては見るもの全てが美味しそうで『悪いのはこの手なんです』状態だった。


「あっ、このガム懐かしい! ねぇナオ(仮)これ覚えてない?」


 そして手にしたガムを見せるも彼女からの反応はやはり私の期待するものとは少し違っていた。


「えぇ、…おいしいわねよそのガム」

「いや、そうじゃなくて! ほら、ナオこのガムよく当たりを引いてもう一個もらってたじゃん!」


 昔よく隠し持っていた小銭を手に下校途中にも関わらずナオと二人で駄菓子屋に立ち寄った際によくこのガムを二人で買った。

 大概私はハズレばかりだったけれどナオはよく当たりを出してはもう一個もらってたっけ。


 でもやっぱりナオ(仮)の反応は…、


「…そうだったわね」


 素っ気ないものだった。


 ま。いいんだ。『印象的』なことなんて人によって全然違うんだから覚えていなくても別に不思議じゃない…。


 私はカゴいっぱいになった駄菓子をお会計すべく店主にカゴを渡そうとしたらが目に留まったのでそれもカゴに入れて会計をした。



 日も傾きかけ、そろそろ帰ることを頭の片隅で思い始めた頃、ナオが『どうしても行きたいところがある』というのでやって来たのは昔よく来た公園だった。


「ここは結構変わっちゃったね。こんな整備された公園じゃなかったし遊具だってこんなになかった」

「えぇ。公園の場所こそ変わってはいないけれどこの辺り一帯は区画整理で住宅も増えたから公園自体の需要が増したのよ」


 それ自体は良いことだと思う。でも思い出の場所がその装いを変わってしまうというのはやっぱり心情的には少し寂しいものだ。


「少し座って話しましょうか。ここは私たちにとってだからね」


 そう言うとナオ(仮)はベンチに座ると自分の隣をポンポンと叩き、私にも座るよう促した。


 ついに来たか。さすがのナオ(仮)もここでの出来事はしっかりと印象に残っているようだ。



   だってここは私とナオが結婚の約束をした場所なのだから。



 時間帯はもう少し夕暮れ夕暮れしてたと思うけど、シチュエーションはこんな感じだった。二人でベンチに座って駄菓子屋で買ったお菓子を食べながら何気ない話の延長で『結婚の約束をした』ただそれだけのことなのだ。言うなれば子供のごっこ遊びみたいなもの。

 ただ当時の私はナオにそう言われてとても嬉しかったのを今でもよく覚えている。


「それで――」

「あー!ちょっと待って、今準備するから」

「準備?」


 少し困惑した表情で私のことを見据えるナオ(仮)に私は駄菓子屋で買ってきた例のを取り出し、袋を開封して彼女に差し出した。


「カントリーマアム?」

「好きだったでしょナオ」


 二人の思い出の品。

 駄菓子屋で売っているお菓子の中ではかなり高額な部類のお菓子だがこれもよく二人でお金を出し合ってこの公園で食べたものだ。


 それをまたここで再現できるなんて本当に生きていてよかった。


「ありがとう。頂くわ」


 そう言うとナオ(仮)は袋からひとつカントリーマアムの小袋を取り出した。


「………」

「ん? どうした? 食べないの?」

「あ、うん。よーし食べよっと!」


 そして言われるがまま私もひとつカントリーマアムを手に取り、口へと運んだ。


「うん、美味! ほらナオももっと食べて食べて」


 それからしばらくは買ってきた駄菓子の品評会みたくやれ「値上がった」とかやれ「小さくなった」とか話しながら二人で駄菓子を貪った。

 で、駄菓子が半分ほどになった頃ナオ(仮)が、


「今日はどうだった? 久々に巡った思い出の地の感想は?」

「うん、もう最高! 楽しかったあの日々に戻ったみたいな気分」

「そう。それは良かったわね」

「全部ナオのおかげだよ。ありがとうナオ」

「どういたしまして」


 そして二人で笑い合った。

 楽しかったあの頃に思いをはせるように。 


 でも…、


「ナナコどうしたの⁉」


 顔では笑うことができても胸の奥底から湧き上がってくるものに涙腺が耐えられず私は涙がこぼさずにはいられなくなった。

 

 だってやっぱりナオは………


「…やっぱりはいないんだね」


 せっかく一軒ずつお店に行くたびに表情が緩くなっていった彼女の表情が出会った時ような固いものへと変わっていった。どころかまるで自身の抱えているものの重さに耐えられなくなったかのように顔をしかめている。

 

「……いるじゃないあなたの目の前に」


 そしてなけなしの気力を振り絞るようにそう言い張る彼女の瞳からはまったく光量が見てとれなくなる。

 

「…ナオはね、『ココア味』が好きなんだよ」

「!」


 けれど私の言葉に彼女の瞳に微かな光が灯った。

 おそらく彼女も知っていたんだ。


 でも彼女に差し出して咄嗟に手に取ったのは『バニラ味』だった。

 ただそれだけと言えばそれだけなんだけど、あの優しかったナオが私の好みの味を差し置いて自分の好きな味を取るとは私には到底思えなかった。


「昔ねココア味ばっかり食べてるナオに聞いたことがあったの。ちょっとはちがう味食べたくならないかって。そしたらナオは『家じゃもう慣れっこだから、それでいいの!』って。それって家では他の誰かにバニラ味食べられてるってことだよね? そうなんでしょ? …ちゃん」

「!!!」


 私は彼女に優しく語りかけるながら微笑んで見せた。


 『自分はナオだ』と強く言い張る彼女ならまだいくらでもごまかし方はあったと思う。「好みが変わったんだ」とか「たまたま取ったのがこの味だったんだ」とか。でも彼女はそんなことは一切言わずただ無言を貫いた。


 どこかの雑木林からか聞こえてくるヒグラシの鳴き声が暑さのピークの終わりを懸命に知らせてくれているように辺りに響き渡っている。

 そして『ここらでちょっと休憩』とばかりに鳴き止んだヒグラシの声に変ってヒグラシよりも儚げな声で彼女はささやいた。


「よく覚えててくれましたねナナコ


 その表情はまるで憑き物が落ちたかのようにすっきりとした様子だった。


 桐谷奈子きりたになこ

 たしかナオの妹さんで年は2つ違いだったと思う。ナオの家で遊んだ記憶は数えるくらいしかないけど、その中の一度だけ私は彼女に会ったことがあって、ナオから紹介してもらったような気がする。


「基本バカだけどね。ことナオに関しては結構覚えてることが多いんだ」

「…みたいですね」


 するとナコちゃんは私に向かって頭を下げ、彼女のきれいに渦巻く二つのつむじとばっちりと目が合う。


「騙していてすみませんでした」

「あ、いや、全然いいんだけどさ。(嘘) でもどうしてこんなことしたのかは知りたいかな」

「それは…」


 眉をひそめ、見るからに言いよどむナコちゃんの姿からはそれ相応の理由があることはすぐに察することできた。

 でも普通亡くなった姉のフリをする妹などそうそういないだろう。でも彼女はそれを行った。


 別に被害者面するつもりはないがナコちゃんが何故それを行ったのか、その理由を私には知る権利があると思うし、知りたいと強く思った。


 しばらく待っていると幾ばくか彼女の気持ちに整理がついたらしく小さいな声で語り始めた。


「…嫉妬と興味と感謝がゆえの奇行といいましょうか…」


 いや、だから私バカなんだって。もっと分かりやすく言ってよ。

 そんな私の気持ちが表情に表れていたのか、ナコちゃんはひと呼吸置いたあと、『覚悟』と『観念』を込めた言葉で打ち明けてくれた。


「私にはあまりお姉ちゃんの記憶がありません。それは私が幼かったということもありますけど、お姉ちゃんの時間をナナコ先輩が取られちゃってたって意味合いが大きくて…」


 はい。ごめんなさい。自覚あります。

 

 その当時、私とナオは学校や放課後、果ては土日祝日も含めてほとんどの時間を二人で一緒に過ごしていたので今考えればナオと家族との時間を結構奪っちゃってたと思いますです。はい…。


「お姉ちゃんが亡くなった直後くらいはナナコ先輩を結構恨んだ時期もあったんですけど…」

「本当にすみませんでした!」


 あぁぁぁ、まさかそれでナオのフリをして仕返しをする機会を窺っていたというわけなんですね。あぁほんと久しぶりに故郷に帰ろうなんて思い立ったがばっかりに…許すまじ3日前の私。


「いえ、それはもういいんです。そんな考えすぐに捨てることになったんですから。代わりにあれ程までにお姉ちゃんと仲良くしてくれたナナコ先輩に段々と興味を持つようになって…」

「私に?」


 山吹色に染まった空をまるで閉じ込めたようなナコちゃんの澄んだ瞳が私を見つめている。その美しさたるやベネチアのガラス細工職人が作ったトンボ玉なんかよりも遥かにきれいだった。


「その想いは絶えることなくこの10年持ち続けましたが先輩に会うことは叶わず歯がゆい思いをし続けていました」


 それはもうほんと、すみませんとしか言いようがない。


「もしかしたらもうナナコ先輩の中ではお姉ちゃんは完全に過去の人になっちゃったのかなってそんな風に思っていたんですが…」


 そんなことは決してない。

 私にとっての節目がある度に『あぁ、ナオとこのことについて話したい』と何度も何度も思った。でもその度にそれは叶わないことだと理解し、もどかしい思いも何度も何度もしてきた。『ナオに会いたい』と何度も何度も願った。


「でも今日先輩を墓地で見かけた時、私の中の10年分の想いが一気に爆発しちゃって、それであんなことを…」


 それでナオのフリを…。


 気持ちは分からなくもない…と思う。自分の姉が自分を省みて遊んでいた友人が一体どんな輩なのか興味を持つのは当然のことだろう。でも、その友人のことを知るために姉になりすますなんてまるでルパン三世みたいな大胆な手法を取るんですねナコちゃん…。


「でもどうして私とナオのことあんなに詳しく知ってたの? ナオそういうこと人にあまり言うタイプじゃなかったよね?」

「日記がありました」

「ぷらいばしー」

「もういない人のプライバシーなんてあってないようなものですよ」


 そこはしっかりと線引きしてるのね…。


「それでどうだったッスか、今日一日私と付き合って? こんな奴が自分の姉の友人だったのかってがっかりした?」

「いえ、まったく!」


 するとナコちゃんは私の手をがっしり取るとキスでもされてしまうのとほどの距離まで顔を近づけて…、


「どうしてお姉ちゃんが先輩のことをあれほど好いていたのかよくわかりました! ナナコ先輩もお姉ちゃんとの時間を本当に大切にしていたからなんですね!」

「そうまっすぐに言われると照れちゃうんですけど…でも、まぁ、はい。そうですね」

「やっぱり…!」


 ナコちゃんの目が今日イチ輝いてるんですけど…。


「ナナコ先輩!」

「はい」


 するとナコちゃんは私から距離をとり、居住まいを正すと私たちの頭上に広がる山吹色の空の下でもはっきりと分かってしまうほどの茜色に染まりあがった顔で言い放った。


「私と結婚してください!」

「…はぃぃぃぃ⁉」



 この日、私は人生2度目プロポーズをされた。


 しかもお相手以前プロポーズされた子の妹。おまけにプロポーズされた場所まで同じ。これって一体どういう因果なんですかね?



 ―――――――――



 私たちは駅のホームのベンチに座りながら帰りの電車がくるのを待っていた。

 連絡先も交換したしまた会う約束もした。次に会うのは2か月後のナオの命日。二人で今度こそちゃんとしたお墓参りをしようと決めた。


「今度会う時までにちゃんとした返事を聞かせてくださいね」

「…いや、あのねナコちゃん。もし私に彼氏がいたらさ―――」

「いないでしょ?」

「いないですけど…」


 駅のホームは来た時と打って変わって涼しい風が流れ肌の表面を心地よく冷やしてくれているのに昼間の熱がこもっているんだか、隣にいる彼女への意識が体を火照らすんだかわからないけど、妙に汗ばむ。


「先輩はまだお姉ちゃんへの想いが絶えていない。もし本当に先輩が言うように彼氏がいたのならきっとお姉ちゃんのお墓参りに来ようなんて発想にはそもそもならないはずです」

「いやいやそんなことはいよ! 『彼氏ができました』って報告を墓前でするかもだし」

「だったらお墓参りには彼氏と二人で来るはずでしょ?」

「うぅ…名探偵ですね」


 そうこうしていると構内アナウンスがなり、しばらくしてがら空きの電車がホームへとやってきた。


「ですので私とのこと真剣に考えておいてくださいね」


 変なところで自信過剰なところもさすがは姉妹って感じだな。 


「はい。わかりました」


 そして電車の扉が開き、乗車するとまるで私だけを乗せるためにやってきたかのように扉はすぐに閉まった。

 出発を知らせるメロディーが鳴るなか私は「今日はありがとうねナコちゃん。また連絡するから」と手を振ってあいさつをするとナコちゃんは妙に浮かない表情を浮かべた。


「どうしたの?」

「そのナコ『ちゃん』っていうのやめてください。私もお姉ちゃんみたいに『ナコ』がいいです」

「このタイミングで⁉ わかった。なら私のことはナ――」


 そこで電車が動き出し、ナコに笑顔で見送られた。


「……なんとも締まらない感じになっちゃった」


 でもそれも私らしいか…。


 鏡のように窓に映る自分の顔が妙に嬉しそうでちょっと気持ち悪かったが、心だけは満足感で満々ていた。

 

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