第4話 出会って

 彼が瓶を拾ったのは何の因果だろう。会という男は別に川のゴミ掃除をするような殊勝な心を持つわけでもなく、好奇心も人並みである。もし強いて見つけた瓶を拾おうと思った理由があるとすれば、酒に酔った勢いとしかいうほかにないだろう。

 その過程も何一つ特別なことなどない。ふらふらと頭も回らないままに徒歩で帰っている途中で、いつの間にか川のそばにきていた。気分が悪くなりふと下を向いていたら視界の端に瓶があるのに気づいた。普段であれば意に介さず通り過ぎるはずだったが、その中に手紙が見えた。思わず酔いも覚め、二度見する。間違いなく手紙があるじゃないか。

「ほんとにこんなことするやついるかよ」

彼は嘲笑にも近い言葉を吐きつつ立ち止まってそれを手に取る。そして栓を抜いた。するっと手紙が落ちてきた。

折りたたまれた手紙を開いた瞬間に圧縮され続けた極大な酒臭さが周囲に漏れた。彼の近くにいた青年はすっと身を避けた。一方手紙を読んでいる会自身は自分の酒の匂いに混ざって気づかなかった。

 少しだけ汚れた紙切れに、ちょっとだけ朦朧とした意識を寄せる。つらつらとつづられる文章を斜め読みしたが頭には入ってこなかった。

 だが会はこれだけは間違いないと確信していた。自分が今感じている退屈や倦怠感を吹き飛ばせるものだと。きっと大学に行って友達と遊んで帰るだけの生活から抜け出せるものだと。

 彼は丁重にそれを持ち帰ることにし、再び帰路に歩き出した。途中に自動販売機があったので瓶は隣のゴミ箱に突っ込んでいった。


 家に帰ってからはすぐに寝てしまったので、改めて手紙を読み返したのは次の日である。会はすぐに後悔した。しくじってしまったと心の底から思った。

 彼は自分がこのリレーを次に繋げなければならないという責任感を感じたのだ。周囲からはおどけて見られがちな彼の根は真面目であった。そのため「子供の夢」などという単語を使われてしまっては逃げ道を封じられてしまったのと同然である。

 もう一度誰かに拾ってもらうのを待つべきだろうかとも考えた。しかし瓶は昨日捨ててしまった。つまりもう元通りにして川に流すことはできず、リレーという意味では自分という不純物が混ざる不完全な連鎖になってしまう。

 つまりやるしかないのだ。確かに非日常を欲しがったもののそれはあくまで自分の自由の範囲であり、責任が伴うならば御免被りたかったと思い、彼は酒に酔ったままとった行動を激しく後悔した。

 溜息をついてとりあえずゲームをすることにした。忘れたかった。そしてその日は寝た。

 ちゃんとリレーの件に取り組もうとしたのはその次の日である。そのころになったら開墾の念は少し減り、どうやって達成しようかということを考えるようになった。

 まず誰にこのバトンを渡すべきなのか。無論大学の知り合いに頼めばこんなことはすぐに終わるがそれでいいのだろうか。この瓶詰の手紙を流した人物は、まったく無関係な人間に渡すことに意義を見出したのかもしれない。これほど非効率的でロマンチストな方法に託された期待はきっと重いだろうと彼は考え込んだ。

 そうして悩んでいたとき、スマホの通知が彼に届いた。いつもの癖でそれを開くと、ほかの大学との合同の飲み会があるという。

 会にとってそれは神の天啓のようだった。知らない人に会えるチャンスではないか。この無理やりに引き受けてしまった仕事をつぎの人に渡し、後は知らぬ存ぜぬでいい。悩んでいたのが馬鹿らしいほどに単純で簡単な話だろうと思った。

 参加の意思をすぐに返信し、考え事はいかに次の人をその気にさせるかにシフトした。



 飲み会の当日がやってきた。準備万端、後は実行するのみである。会が狙っているのは縁もたけなわになってからである。振った話をやっぱりと断られることがないように確実に押し付けたいと思っているからだ。

 会はそのタイミングを見計らって、先ごろ仲良くなった人に話しかけた。


「やあこれはどうも、乾杯です」

「乾杯です。えーっとさっきお話しましたね、失礼ですけどお名前なんでしたっけ?」

「会です。会合の会。あなたはたしか信さんですよね?」

「よく覚えてますね。私なんかすぐに忘れちゃいますよ人の名前。酒のせいにしたいですけどこれは酒のせいじゃないっぽいです。アニメのキャラの名前はすぐに頭に入るんですけどね」

「そういえば先ほどもアニメの話されていましたね。いわゆる深夜アニメっていうやつですか?」

「そうです!今期のおすすめはアイドルが前を向きなおす物語なんですけれどね、これがいいんですよ。登場人物の描写がとても丁寧でして見ていて涙が自然とでてくるというか」

「なるほど」

「特に一度地面に置きそうになったマイクをもう一度持ち上げるシーンは必見です。自分の憧れを再認識し原点に返るというのは王道中の王道ですがゆえにいい」

「ふむふむ」

「自分の夢を叶えるというのは誰にとっても難しいけど成し遂げたいことだと思うんです。だからこそこういうシーンを入れてくれるのはわかってるとしかいいようがない」

「ええ、僕もそう思います。夢を成し遂げる、本当に素晴らしいことです。実は僕今一つその夢で迷っていることがありまして」

「迷っていること?聞いてもいいですか?」

「まあ正確には僕の夢ではなくて、人の言葉を借りるなら幼い子供が考えた精一杯の思い付きなんですけれど。これを誰かに託してそれを叶えてあげたい。」

「む、詳しく聞かせて下さい」

「ええ、あ、酒どうぞ。」

「ああどうも。」

「何やらね、子供が手紙を出した手紙から始まる言葉のリレーがあるんです。先日瓶詰めの手紙を拾ったことで僕はその4人目になりまして。」

「瓶詰めの手紙を本当にやる人がいたんですか?本当に?」

「本当ですよ、見てくださいこの手紙。ずっと酒瓶の中にあったからものすごい臭いがするでしょう?」

「んーそんなに臭いますか?」

「家の中に置きたくないくらいには臭いがするんです…こういうのちゃんとやらないとロマンチックになりませんよって現実を思い知りました」

「しかしまあそれは面白い話ですね」

「そう面白い話なんですよ。でも僕今一つだけ悩みがありましてね、この次にリレーを託す相手がいないんです。十人十色それぞれの方法で別の人にバトンを渡すことにこそこのリレーは意味があると思うんですが、このままでは僕のところで打ち止めですよ」

「それはよくないなあ。」

「ですよねえ子供の夢ですから。叶えてあげるのが大人の責務ってものです。でも不可能なんだって思うと溜息がでますよ」

「ちょっと待ってくださいよ、だったら私に言ってくれればいいのに。私が次になります」

「ええ!いいんですか!」

「もちろんですよ。あーそりゃ叶えなきゃだめだやりましょうやりましょうとも。」

「それはありがたいです。ではこれまでのあらましを説明しますね。どうもありがとうございます、よろしくお願いします」

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繋がる縁と言葉の螺旋階段 @KAOHIMA

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