第3話 大河の憧れ


ピィーッ!!

「16番!ハッキング!」


「クソッ」



「考えろよっ!!!」

後ろから狭間先輩に怒鳴られた僕は

息を切らしながら静かに片手を上げた。


「ハイ、すいません」


「焦んな!足でついてけ!」


「ハイ」



僕達の飯島中学校は県大会一回戦の相手である

春日(かすが)中学校に12点のビハインドを取っていた。


チームの流れの悪さを感じた僕達の監督は、

前半終了の5分前に僕を呼び、指示を出した。


ボールがコートの外に出た時、

「ファーン」という大きな音が鳴り

コートの中央にいた審判が胸の前で手を交差すると、

僕は一礼してからコートに入った。



3年の藤川(ふじかわ)先輩は

「7番」と言って、彼がマークしていた相手チームの司令塔の選手を僕に教えた。


僕は「OKです」と言って

藤川先輩と小さくタッチをした。




僕がコートでやるべきことは分かっていた。

それは、誰よりも声を出し、走り、

チームの味方に元気を送り、

「俺たちまだまだ行けるぞ!」

「走ろう!勝とう!」と思わせることだ。



その筈だった。



しかし僕は焦っていた。焦ってしまった。


自分にとって初めての大舞台である県大会。

バスケ名門校である春日中の生徒達が2階席から放つ、とてつもない熱気の応援。

点差は12点。ここで負けたら終わり。

大好きな3年の先輩達はもう引退。

絶対に勝ちたい。もっと一緒に先輩達とバスケがしたい。

前半残り5分。



僕は一発逆転のスティールに走った。

(スティール = ディフェンス側が相手のドリブル中・パス中などのボールを奪うこと)


スティールとは、その一つのプレーが

一瞬でチームの攻撃と守備を逆転させ、

試合の流れが大きく変わるキッカケを生み出す可能性と、その反対に

それが失敗した時に、相手が得点する為の優位な状況を作りやすくなるという性質がある。

言ってみれば諸刃(もろは)の剣だ。


僕はスティールの持つ、

逆転の可能性に賭けた。


そして結果は見事に裏目に出た。

僕はコートに入ってからたったの数分間で

3回の反則を取られた。


それはどれも、 “ハッキング” といって

ボールではなく、相手選手の手を叩くという反則だった。



当時バスケットのルールにおいて、選手は

一つの試合で5回反則をしたら退場となり、

その試合はプレーができなくなる。


前半で3回も反則を犯すことは通常

「ファウルトラブル」と呼ばれ

チームや選手を大いに苦しめることになる。


なぜなら、5回の反則で退場ということは

もし次にもう一度笛を吹かれると、

退場までリーチとなる。


試合の重要な局面である程、

そのリーチは選手にとって負担となる。

途中で退場になるかもしれないという心理が、選手からアグレッシブ性や機敏さを奪うことも珍しくない。


そして重要な局面は、

試合が終わりに近ずく程に、目に見えて増えるからだ。




前半終了のブザーがなった。

それは、僕が彼達と同じコートに立つ最後の瞬間を知らせていた。

スコアは18点のビハインド。


後半もチームは最後まで

試合の流れを立て直すことができなかった。

次に僕がコートに立った時には既に

相手チームは2軍の選手達をコートに残し、

そして僕達のチームもまた、

次の時代を担う若いメンバー達に全員交代されていた。

狭間先輩達は悔し涙を堪えて、僕達の試合の最後を見届けた。


僕達は県大会の一回戦で敗退した。


そうして、その日

3年の先輩達は1人残らず、

引退することが確定した。



試合が終わった後、監督は

試合の反省を振り返り、

そして3年間共に闘ってきた選手達の未来を激励した。


僕達はみんな泣いていた。




試合の帰り道の電車で

僕と酒塚先輩は、狭間先輩に泣きついた。

「狭間先輩とまだ一緒にバスケしたかったです。」


すると狭間先輩は短く低い声で

「だったら俺の高校くればいいじゃん」

と言った。




あれから約3年。

僕はようやく、狭間先輩と同じコートで

バスケをしているんだ。



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初恋の彼(女)が死んだ日 -Come Closer Zero- @Kixasu0416

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