初恋の彼(女)が死んだ日 -Come Closer Zero-

@Kixasu0416

第1話 大河の初恋


彼女の名前は鈴木 紗綾香(すずき さやか)


僕は彼女と高校一年の春に出会った。


新学期初日の生徒の自己紹介で

頬を赤らめながら教壇に立った彼女に

僕は目を奪われた。


小柄な体に大きな瞳、

長く、しなやかな黒髪を流した彼女は

僕にしばしば、小さなウサギを連想させた。

動物的な可愛さなのか、人間的な可愛さなのか

その、か弱く、まるで自然の様に自由で

無垢で無邪気な姿に、僕は「彼女をこの世の一切の悲しみから守りたい」と思った。


いや、それは全部、

少し大袈裟なのかもしれない。


この物語も、同じように。




彼女に出会ったその日の午後

僕はクラスメイトの男達4人と一緒に

高校の近くのファミレスで「クラスの中で一番可愛い女の子」の話をしていた。


そこにいたのは、

藤田 葉(ふじた よう)

高嶋 幸之助(たかしま こうのすけ)

鳩貝 英士 (はとがい ひでし)

武石 太輔(たけいし たいすけ)


そして僕、山田 大河(やまだ たいが)

の5人だった。



なぜ高校に入学した初日に、この5人が

ファミレスで恋バナをしているのかというと、

僕達5人はその日の午前中、

新入生オリエンテーションの際

何気ない会話から、互いに「波長が合う」

と感じ、すぐに仲良くなったからだ。


武石を除いた3人、藤田と高嶋、鳩貝はとても顔が整っていて、背も高く、いわるゆ、『めっちゃモテる』男達の匂いがした。僕は彼らのことを下の名前でそれぞれ、(藤田)葉、(高嶋)幸之助、(鳩貝)英士と呼び、彼らは僕のことを大河と呼ぶようになった。


僕は中学を卒業するまで、ずっと周りの人達から「ヤマオ」というあだ名で呼ばれていたので、下の名前で呼ばれることに新鮮さを感じていた。


武石は、身長は僕とあまり変わらないが、

少しポッチャリとした食いしん坊のワンパクな奴だった。


どうやら、武石と幸之助は地元が同じらしく、小学、中学時代から仲が良かったようだ。

葉と英士は中学時代にサッカーの選抜選手として、同じチームで交流があり、その頃からの知り合いらしい。

幸之助、葉、英士は3人とも中学までずっとサッカーをやっていた。3人ともそれぞれのチームのエース達だった。


僕と武石はというと、偶然なことに

2人ともバスケ部出身だった。


どうやら武石は

小学校のミニバス時代、中学時代から

僕のことを知っていたそうだ。


武石も僕と同じように、この高校でバスケ部に入部したいと思ってるとのことで、僕ら2人は仲良くなり、そして僕は武石の紹介から他の3人と繋がったのだ。



武石(たけいし)は僕に尋ねてきた。


「大河は鈴木さんとアドレス交換したの?」

僕は目を細め、唇を噛み締めることで

悔しさを表現しながら

「いや、鈴木さんだけ聞けなかった」

と答えた。


すると幸之助が「俺持ってるよ!」

と席から飛び上がった。


武石は僕の肩を叩いて「やったじゃん大河!幸之助から教えてもらいました!って連絡しちゃえよ」と続いた。



「マジ?いいのかな?」

と、僕がモジモジしていると幸之助は


「じゃあ一回鈴木さんに、大河にアドレス教えていいか聞いて、OKだったら教えるよ」と言った。


僕は両手を合わせて幸之助に感謝をした。



英士が「大河が紗綾香ちゃんのこともっと知りたいらしいからアドレス教えていい?って聞け」と茶化すので僕は


「やめてくれよ、そこは上手く頼むよ」と幸之助に懇願した。


幸之助は「まかせてよ」と言った。

幸之助の隣に座る葉は黙って携帯を眺めていた。


その日の夜、僕は電車の中で早速

鈴木紗綾香にメールを送った。


「同じクラスの山田大河です!幸之助に鈴木さんのアドレス教えてもらった!登録よろすぃく!これから一緒に楽しいクラスにしようぜ!」



僕は携帯を閉じて、電車内に掲載された紙の広告を眺めながら

イヤフォンから聞こえるONE OK ROCKの「努努」の音量を上げた。


その曲が入っていたアルバム「ゼイタクビョウ」を聴き終えたあたりで、僕の携帯が鈴木紗綾香から返信が来たことを知らせた。


彼女から届いたメールはキラキラの絵文字が大量に使用されていて、僕にはとても眩しかった。


「鈴木紗綾香です!よろすぃくね!山田くん面白いから楽しいクラスになりそうだなー!期待してるよムードメーカー!」



僕の心はこれほど無いまでに締め付けられた。苦しさと相反するその感情が自分の顔から溢れ落ちそうになったので、僕は咄嗟(とっさ)に手で口元を覆(おお)い周囲から顔を隠した。



次の日から、

僕はこの高校に入学した目的を成し遂げる為に気合いを入れて、バスケ部の練習に参加した。



コートの外では、着慣れない学ランを着て、

新品の体育館シューズを履いた新入生や、

バスケ用のハーフパンツにシューズを履いた、

いかにも「中学の時にバスケ上手かったです」と言わんばかりの空気を出している男達が立っていて、

彼等は僕達が水を浴びたような量の汗を流し、

目をバキバキにしながら、必死にバスケットボールを、時にはボール以外の何かを追いかけてコートの中を走り回る姿を見ていた。


そこには武石の姿もあった。





「ナイスッー!!」という

先輩の誰かが言った、大きな声に続いて

「ナイッシュー!!!」と

各プレーヤー達やマネージャー、

新入生達の声が聞こえてきた。

そこには「パンパンパン」という

力強く短い拍手も混じっていた。



僕は得点した酒塚(さかつか)先輩に駆け寄り

「ナイッシューです」と言って手を出した。


酒塚先輩はTシャツで顔の汗を拭(ぬぐ)うと

爽やかな笑顔を見せて「ナイスパス」と言い、

僕の手を叩いた。



僕はコートの外に出て、先輩達が並ぶ列に合流すると、

そこにいた身長190センチ程の大柄の先輩は

「いいね飯中(いいちゅう)コンビ!

酒塚に続いてまた、飯島中(いいじまちゅう)のエースが龍(タツ)を追いかけてきたか」

と言って僕の肩に手を置いた。


僕は「ウス。頑張ります」と言って

床に無造作に落ちていたONE OK ROCKのタオルを拾い、顔の汗を拭った。




僕がコートに目を戻すと、そこには僕が小学生の頃からずっと追いかけていた憧れの先輩、

狭間 龍彦(はざま たつひこ)の姿があった。


僕には、その一瞬がまるでスローモーションのように見えた。


バスケットリングの下に密集した大柄の男達が飛び上がって大きく振り上げた両腕を、

狭間龍彦は空中で華麗にかわし、

その手からフワッと優しく放たれたボールは彼のシューズが床に着地するのと同時に、リングの中心に吸い込まれていった。


数秒間。

彼のその動きを見逃さなかった人間は1人残らず歓声をあげた。それが具体的に何人いたのかは分からないが、そのたった一瞬のワンシーンはこの体育館中の人間に「この中で誰が一番上手いか」を知らしめた。



そうだ。僕はもう一度、

彼と一緒にコートに立つ為に

血が滲むほど勉強して、この高校、

梶ヶ谷高校(かじがやこうこう)に入学したんだ。



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