第18話

「邪魔をするなー!」

 僕は焦っていた、所長が実験を開始したらミコトを助けられなくなるかもしれないと。だから邪魔する者が憎くて仕方がなかった。


 憎しみのままに振るう力は今までの比ではなかった、小石を持ち上げるのがやっとだった念動は人を簡単に持ち上げた。


「そこを退けぇ!」

 僕は、クスハを念動で持ち上げて、所長めがけて吹き飛ばした。だが流石は獣人の身体能力、上手く体を捻り所長の顔面を両足で蹴って勢いを止めてフワリと床に着地し、その衝撃で所長は後ろに倒れ、後頭部を打ち気絶したようだ。


 所長が気絶した事で実験は始められなくなった。今の内にミコトを連れ出したいのに、まだクスハが立ちはだかっている。


「退けと言ってるだろうが!!」

 再びクスハを持ち上げようとしたが、急に眼の前が真っ暗になり体が動かせなくなった。


「何だ? 僕に何をした、答えろ」

 ……返事が無い、一体自分に何が起こったのか分からない、もしかすると結界のようなものに閉じこめられたのかもしれない。


「クソっ! ここから出せ、出しやがれ! 僕はミコトを連れて帰りたいだけなんだ」

 ……やはり返事は無い、真っ暗な空間は静まり返っていた。自分の状況を確認しようにも体が動かせない上に目も見えない、なんの情報も無いので抜け出す方法も考えられない。


「もしかして詰んだのか? このまま終わってしまうのか」

 途方に暮れてそっと目を閉じた



 暫く目を瞑っていると、遠くで誰かが叫んでいるような声が聞こえてきた。誰が何を言ってるのか耳をすませば、それはミコトの声だった。


「お兄ちゃんダメー!」


「ダメって一体何を言ってるんだ?」

 そっと目を開くと、クスハの首を絞め上げている自分の両手が見えた。


「うわああ! 何でこんな事になってるんだ」

 慌てて手を離し後ろへ飛び退いた。


 クスハが張った結界に閉じ込められていたはずなのに、そのクスハの首を絞めていた……あの真っ暗な空間で身動き一つ取れなかったのにどうやって? 


「ハァ、ハア、なんという力じゃ……じゃがわっちの力もこんなものではない」

 クスハが手で素早く印を結びながら、何かを呟くと炎が頭上に出現し、その炎は見る見るうちに大きくなり金色の炎狐へと変貌した。


「行くのじゃ『金毛六尾』!!」

 

「クウォォーン」

 放たれた炎の狐は、僕を焼き尽くさんとして体に纏わりついて来た。


「あっっっちぃぃぃ!!」


 熱い? 熱さなんか感じて無いのに、何故僕の口はそんな事を叫んだ??


「熱いじゃねえか馬鹿野郎が」

 僕の疑問をよそに、炎に焼かれた黒いモヤが体から抜け出てきて、獣頭の男が姿を現した。


「俺様のキュートな鼻が焦げちまったじゃねーか」

 そう言いながら男は、長く突き出た鼻を撫でながらクスハを睨み付けている。


「なんじゃ貴様、これがお主の正体でありんすか」


「俺様を下等な人間と一緒にするんじゃねえ、俺様はなぁ『夢喰いのバクマ』様だ」


「バクマかなんか知らんが、わっちの仇討ちの邪魔をするでないわ」


「ヒャーハッハー、お前の兄貴を殺したのはこいつじゃ無く『ヒエキ』様だ、そんな事も知らずに仇討ちとか言っちゃてんのか?」


「此奴では無い……わっちはなんという事をしてしまったのじゃ」


「だから違うって言ったじゃないか、僕に謝れ!」


「わっちはなんという時間の無駄になることをしてしまったのじゃ」


「え? 僕に迷惑を掛けたとか、そういう事を悔やんでいるのじゃなかったのか」


「何故わっちがそんな事を悔やまねばならんでありんすか? そんなことよりも、ヒエキとやらの居場所を吐いてもらうでありんすよ」


 クスハは金毛六尾にバクマを捕えさせると、ヒエキの居場所を問いただし始めた。


「あの〜、僕への謝罪はないのかな?」


「うるさい! 今はお主に構ってやる暇などないでありんす」


 (そりゃ仇への手掛かりを掴める機会がやってきたんだ、僕なんか眼中に無いのは当然か……)


「さあ答えよ! さもなくば、いつまでも苦しみが続くでありんすよ」

 捕らえている六本の尾を徐々に締めるにつれ、バクマの表情は苦痛に歪んでいく。


「わ、分かった言う、言うからこれ以上は締めないでくれ」

 

「なら早く言うでありんす」


「ヒエキ様は、ヒエキ様……」


 (ん? バクマの様子がおかしくなって来たような)


「キヨ、キョ…ウコクウウウウウウへべ」

 一体どうしたのか、バクマの体は突然弾け飛んでしまった。


「わっちは、何もしてないでありんよ」


 (という事は、裏切り者への制裁かな?)


「キヨ峡谷……聞いたこともありんせんが、誰か知っているでありんしょうか?」


 当然僕は知らない、レオナも首を横に振っている。リリアナも同様だったが、思い付いたように「あっ! もしかしたら、教国と言いたかったのではないですか?」


「教国、確かにそうかもしれないでありんすな……結局また捜し回らないといけないでありんす」


 クスハは落胆しているが、僕の望みであるミコトは無事だし一件落着といったところだろうか。



 それから一週間が過ぎ、衰弱していたミコトが歩ける位に回復したところで、魔族の血が暴走しないよう封印する為、星光聖教国に戻るクスハに同行することになった。


 レオナとリリアナは、今回の件で行方不明になった皇子捜索、(すっかり忘れていたのだがあの時皇子は知らない間に消えてそのまま行方不明になっているのだ)そのついでで僕等を教国まで護衛してくれる。


 そして僕の一番の懸念であったルミリアの足は、なんとクスハが治してくれた。僕を仇と間違えて攻撃してきた事を少しは悪いと思っていたらしく、その事を話したら快く治療を申し出てくれた。ともあれこれで心置きなく教国に行けるってものだ。



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異世界ゴースト 瀬須 @sesu-44

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