カレーなる善悪

渡貫とゐち

ほんの一握りの雑談



※汚いお話になります コメディですが苦手な方もいるかもしれません







「ねえきずくん」


「ん?」


 ――軍服を纏った青年と少女が向かい合っている。

 ふたりは揃ってカレーを食べていた。食堂のおばちゃんが作る自慢の品である。


 訓練の後は決まってこれを食べている。ジンクスがあるわけでもないのだが……単純に絶品だからだ。それに、対面の少女の好物でもある。



「う○こ味のカレーとカレー味のう○こだったら、どっちを食べる?」

「なんだその質問。誰から聞いた? 誰の影響なんだ?」


「出所なんかいいじゃん。ねえ、どっちなの、ねえねえ。理由はないよ、素朴な疑問なのだよ、傷くんだったらどっちかなって」

「どっちかなら……う○こ味のカレーかな……。いや、カレー味のう○こも……いやでもう◯こだしな……」


「うんうん」

「それ、おまえのう○こでもいいのか? それだったら――カレー味のう○この方が得してる感じがするよな」


「得してないよ……? あと、さすがに気持ち悪いよ、傷くん……」


 自分から振っておいて、という自覚はあるが、まさかそんな返答がくるとは思っていなかった少女が頬をひくひくと引きつらせていた。

 愛されている、とは常々思ってはいたが、歪んだ愛もここまで歪んでいるとは思わなかった。


 いくら幼馴染で家族同然とは言え……。


 彼女のものしか受け入れない、と公言されても「ならいいか」とはならないのだ。


「そうか? でもそういうものじゃないのか? 好きな子のう○こなら食えるだろ。食えないとしても触れるだろ」

「食べられないし触れもしないよ。だってうんこだもん」

「遂に伏字でもなくなったな……」


 というか食事中にする話ではない。

 特にカレーを食べながらでは……しかし、食べていたからこそ話題になったのだとも言えるし、戦犯はカレーである。


 すると、小声でもなかった会話に堪え切れなくなった隣の少女がスプーンを置いた。

 やや乱暴だったので、かん、と高い音が食堂に響き渡る。



「あんたらねっ、ここ食堂なのよ!? 汚い話をするんじゃないわよ!!」



 周りの学生たちも食欲がなくなったらしい。

 想像してしまったのか、スプーンを置く者が大半だった。

 ……食欲がなくとも胃に入れる訓練は受けているはずだが……必要に迫らなければやらない、というマインドができると、いざその時になってもできない可能性が高い。

 本番ではちゃんとやりますから、と余裕を見せる者の言葉は信じられないのだ。

 今も手が止まっていない学生は、まだ見込みがある。


「ごめんよー。ところでひみみみみ、はどっちなのかな?」

「みが多いわ! あたしの名前は『ひみみ』よ!」

「それは耳寄りな情報だね」


 少女がカレーを食べる。

 彼女発信なので当然だが、食欲がなくなったわけではないらしい。

 食べた後、その美味しさにむふーと鼻息荒く興奮している……購買欲を煽る顔だ。


「俺も聞きたい。ひみみも、好きな男のうんこなら食えるだろ?」

「うんこ言うな!」


 口に出すことにも抵抗がなかった。

 耳が慣れてしまったのだろうか。それだけ会話の中に出てくる頻度が多かった。


「……そんなの、食べられるわけないでしょ。いくら好きと言っても限度があるの」

「そういうもんか」


「今回はひみみに同感だね。傷くんの重たい愛情は昔からだし、もう納得してるけど、他人事じゃなく当事者となると引くよね……無関係なところでやってくれるなら面白いんだけどさ」

「俺のこと、嫌いになったか?」

「そう言ったらどうするの?」


「それでも、俺はお前の保護者のままだよ」


 ――杖をつく、小柄で長い髪を持つ少女。

 名を、上京(じょうきょう)と言う。


 彼女のハンデを埋めるための人員が、彼――傷くんこと傷枷(きずかせ)だった。



「…………カレー味のうんこ、か……」


「ねえ、その話まだ引っ張るの?」


 再び手が進み始めたところで、掘り返されるとまた食欲がなくなる。

 ひみみが、ちゃんと嫌な顔で抗議の目線を傷枷に向けた。


「いやさ、たとえば上京がカレーだけを食べ続けていたら……一日二日じゃなく、一ヵ月とか、一年とかさ。摂取する栄養をカレーに偏らせた場合、出たうんこはほとんどカレーだと言えるんじゃないか? ……そう思ったんだよ。理論上はカレーだろ?」


「理論上? そうかしら?」


「……そうか、ろ過されるようなものだから香辛料は多めに取っておくのか。そうすれば削がれた分を補填するから、うんことして出てくる時のカレーの成分は、口に入るべき理想のカレーと同じようになって――なるほどなあ」


「納得しないで。そうじゃないから!!」


「それ、ちょっと面白いかも。その理論で言えば、インド人のうんこはカレーと定義できるかもしれないね」

「できるか!! あんたらインド人に謝りなさいよ!?」



「――そうだね、謝らないとね。、って」

「虐殺って、上京……言い方が悪いぞ。確かに殺したのは俺たちだけどさ、仕掛けてきたのは向こうだ。こっちは迎え撃っただけ……にしては過剰かもしれないがな」

「…………」


 ひみみはさっきとは違う意味で食欲がなくなったようだ。

 下品な話と同じく、食事中にするべきではないのだが……彼らの生き様だと言えば、この話は避けては通れないものだ。


 反省するべきで、決して茶化していい話ではない。


「戦争だ。どっちが悪いか、なんて問題じゃないんだよな。利益のために殺し合う――だろ? 殺しを良しとするわけじゃない。誰もそんなことは言わないんだ。だから、俺たちは常に謝罪をしないといけない。殺してごめん、ってさ。軽く聞こえるか? かもしれない。お互い様だからな……それでも加害者は謝るべきなんだ」


 ――彼らは相手を殺さない、ということができない。

 ここは学校だ――軍人の。

 軍服を纏った、れっきとした国の戦闘員。

 まだ卵とは言え、その手で握るのは他人を殺す武器である。


「生かすことはできないんだよ」

「それは、そうだけどさ……」


「インド人には謝ることばかりだよ……せめて、彼らが自慢するカレーくらいは毎日食べてやらないとな」

「だったらうんこ味の――とか言わないで祈りながら食べなさいよ!」


「祈る? 食材には祈るけどインド人にはね……、傷くんと違って僕は僕たちが悪いとは思わないよ。いや、みんな悪くて、みんな悪くないからね。お互い、やむを得ず戦ったわけだし。向こうは先に仕掛けてきて、僕たちには上からの圧力があって……殺さないといけなかった。全て仕組まれた上で、僕たちと、インド人は殺し合わなければいけなかった。誰が幸せになったのかと言えば、顔も知らないどこかの組織のトップだろうね。それとも上級国民の末端、かな……?」


 トップならまだしも、末端でさえ、多くの命が散っていった。

 末端のために、だ。

 上級国民の立場の強さを思い知らされる。


「全員がさ、平和のために戦ったんだよ。善悪はないんだ。みんな、自分が正しいと思って行動してる……だからこそ他人を殺せるんだよ。――殺したからこそ、僕たちは彼らの文化を受け継いでいく義務がある。消させないよ――」


 一口。

 上京がすくったカレーを食べる。


 多くの敵を救えなかった。

 だけど食べることができたのは皮肉だった。


 救えなかったのに。

 すくえ、なかったのに――



「このカレーをね、廃れさせてはいけないんだよ」

「じゃあうんことか言わないでよ」


「そう言えば、さっきのうんこ云々のたとえ話はインド人が最初なのか?」

「さあね? インド人ってうんこするのかな?」

「するだろ、アイドルじゃあるまいし」


「それこそ、アイドルのうんこなら買って食べるって人がいそうだけどね……需要があるのかも。供給は……なさそうだけど」

「あー、あるかもなあ……うん、気持ちはすっげえ分かる」


 ちらり、傷枷が上京を見た。

 視線に気づいた上京がカレーを食べて、苦そうな顔をした。


「あらためてだけど、きもちわるっ!!」



「あんたらっ、だから食事中なんだってばっ!!」




 …おわり

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