第3話 あーしさんと鬼絶の刀

 早く帰りたい。今の僕はその一心だ。

 主な原因は、目の前にいるこの人にある。


「はぁ〜〜〜!!やっぱ鬼絶の刀は何回観ても神アニメだよねぇ。圧倒的な神作画、真っ直ぐな主人公、可愛すぎる鬼の妹!そして悲劇的な過去を持つ鬼達。もう最高だよぉ……。ねぇ、青木クンもそう思うでしょ?」

「アッハイ」


 釣れない態度をとる僕。

 頬を膨らませるあーしさん。

 

「もー!青木クンなんでそんなに元気ないの!?」


 そんなの決まっている。

 

「だって…………名シーン集とは言えもう何周目ですかこれ!?!?

 1期のシーンだけで無限列車編するの辞めてもらっていいですかね!?!?!?」

「だ・か・ら〜!!4周目からは、名シーンの中でも厳選した神シーンだけに絞って観てるじゃん!!!」

「まさかの逆ギレ!?」

「まぁそう言わずにさ〜、もう3周だけ付き合ってよ〜」

「そうやって言い始めてもう10周はしてますよ!!そのせいでいつものお2人もいつの間にかいなくなってるし!!!」

「………………いかづち呼吸、壱の型――霹靂一寸ッ!!」


 恐らく会話を無理やり誤魔化そうとしたのだろう。

したのだろうが、事もあろうか僕に向かって技を放ったあーしさんは僕に急接近する形になった。

 少し顔を前に出せば、鼻と鼻が触れそうな距離。

 あーしさんのシャンプーと思しき香りが僕を包み込む。

 近すぎて息が詰まる。顔に熱が籠るのを感じる。

 

 さすがにこの距離はあーしさんも想定していなかったらしく、自分でやっておいて赤面しながら距離をとる。

 

「ッ!!ち、ちょっち距離感ミスっちゃった〜!修行が足んないね〜!!あ、あはは〜」


 どうせなら最後まで貫いて欲しい。でないとこちらまで恥ずかしくなってくるから。

 ともかく、一刻も早くこの空間から離れなければ。下校時間的にも、羞恥心的にも。

 

「………………か、帰りますよ。もう完全下校のチャイムが鳴ってるし」

「…………ちぇ〜」

「はぁ……」


 見ての通り、あーしさんは今、鬼絶にお熱なのだ。

 確かに鬼絶は老若男女に愛される神アニメだし、見返したくなる気持ちも分かる。

 しかしそれはひとりで見るならの話だ。2人どころか4人が集まる空間で同じシーンをひたすら見返す等、何の罰ゲームだろうか。

 現に猛田さんと雪野さんは序盤こそノリノリで鬼絶ごっこをしていたものの、次第に飽きたのか「付き合いきれねぇから後は頼むわ(頼むし)」と痺れを切らして帰ってしまった。

 こうなったらこの人は、引きずってでも下校させなければ一生ここに居座っているのでは無いだろうか。

 ていうかそこまで付き合いも長くない男に大事なお友達を預けて大丈夫なのでしょうかね。お二人さん。


「いつまで現実逃避してるんですか、また佐野っちに叱られますよ」

「ぐっ…………今日の所はこの辺にしといてやる……」

「……もうツッコミませんからね」


 部活棟を出た帰り道。

 歩道の縁石を今日に渡る阿足さん。美人は何をしても映える。


「ってかさ〜、青木クンはいつまであーしらに敬語なわけ?」

「え?いや、自分タメ口とか苦手なんで」

「ガチのコミュ障みたいじゃんウケる〜」


 いやだからそう言ってるんですけどね。


「せっかくトモダチになったんだしさ、堅苦しいの辞めようよ〜!」


 トモ……ダチ……?僕が?阿足さんと?


「ちょっと何その目は〜!てか青木クンは女の子にこんなこと言わせておいて、無言で何もなしですか〜?」

「えっ!?えぇと……こ」

「こ?」

「光、栄……?です」

「だからそういうの辞めにしよって言ってるのに〜!てか何で疑問形なのギャハハ」

「すみません……」

「生殺与奪の権を……他人に握らせるな!!!なんちって〜!ニシシ」


 夕日に照らされたあーしさんの笑顔が眩しすぎる。

 今更になって、僕がこんな可愛い同級生と同じ部室でアニメを観ていた事が信じられなくなってきた。

 挙句の果てには、僕を友達だと言う。


 そのまま軽く雑談しながら帰路に着いたのだが、僕はその時のことを、あまりよく覚えていない。

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あーしさんはアニメ好き! どる @trase256

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