第2話 あーしさんは創部したい!

「アニメ研究部?駄目に決まってるだろう」

「そこをなんとか!!お願い佐野っち!!!」


 そこには、お小遣いの前借りを強請る子供と鬼の形相で断固として拒否する親のような構造が生まれていた。

 

「駄目なものは駄目だ。どうせ仲良しの奴らで集まって溜まり場にしたいんだろう?そして私を佐野っちと呼ぶな」

「ち、違うもん……!あーしはホントに!」


 目まぐるしい状況変化に適応できず、借りてきた猫のように固まる僕。

 に助けを求めるように瞳を潤ませる阿足さん。

 を検察官のような鋭い目付きで睨みつける、担任の佐野先生(通称佐野っち)。

 奇妙な三竦み(?)が完成していた。

 

 でも何故だろうか。佐野先生の今の言葉は少し引っ掛かる。

 佐野先生の棘のある言葉に腹が立ったから?

 決めつけによって不当な扱いを受けることが許せないから?

 ……上手く説明出来ない。

 が、今の一言は決して認めてはいけない気がした。

 生唾を飲み込み、おもむろに少し片足を踏み込む。

 ――踏み込んだは良いものの、体は通知を知らせるスマホの如くバイブレーションしていた。

 ……カッコつけようとしてる癖に、ビビるな僕。

 やるなら徹底的に。覚悟を決めろ。

 小さく引きを吐く。


「佐野先生」

「おう青木、お前も付き合わされて大変だったな。もう帰っていいぞ」

「そうじゃ、ありません」

「……うん?…………ふむ」


 佐野先生の視線が僕を値踏みをするようなものに変わる。

 思わず肩がビクリと震える。

 上がり症な僕でも呑まれずにこの堅物教師を説得出来るだろうか。

 人に強気に出るなんて久しぶりでかなり緊張する。


「…………っ……。阿、足さんは、たぶん、本気だと思います」

「ふむ、どうしてそう思う」

「え、えと。僕の財布、なんですけど」


 制服のズボンのポケットから財布を取り出して、先程のシカ娘のストラップを見せる。


「アニメのストラップか?」

「はい」

「それで?そのストラップと阿足に何の関係がある」


 逐一語尾に圧を感じる。

 佐野先生はせっかちなのだろうか。ちゃんと説明するから待って欲しい。


「さ、さっきあの、僕のストラップを阿足さんが見て、とても喜んでいたんです」

「ほう」

「このアニメ、それなりに知名度はあるけど、このキャラクターは結構、マイナーなんです。でも阿足さんは、このキャラを知っていて、すきだとも言ってました。だから――」

「――阿足は本気でアニメを好きで、アニメ研究部を立ち上げたいと思っている、と?」

「…………はい」

「……阿足。今の話は本当か?」

「えっ?うん!!!まじのまじ!!!」


 さすがギャル。会話の波に乗るのは上手いものだ。

 意を決して先生を見つめ返す。

 これで無理なら、恐らく何を言っても無駄だろう。


「……阿足が部創設にある程度本気であるのは認めよう」

「……っ!それじゃあ!!」


 阿足さんのの瞳に希望の光が灯る。


「が、アニメ研究部の設立は認めん」


 灯った光が絶望の色に変わったのが分かった。分かりやすいなこの人。


「なぜでしょう?動機が不純でないことは説明出来たと思いますが」

「そうだな。だが、事はそう単純ではない。そもそも、アニメ研究部と言っても具体的な活動内容は?何を目的に活動するのだ?まさか、ただアニメや映画を見て駄弁るだけの部活が認められるとは思うまい?」

「うぐ」

「……なるほど」


 完全に盲点だった。

 ていうかそもそも活動内容なんて僕も知らない。

 阿足さんに創設を提案されて、その足で勢いそのままにここに来たのだから。


「あのなぁ……まぁいい。堅苦しい大人を説得する時に必要な物は何か、分かるか?」

「…………???」


 阿足さんは頭から湯気が出て機能停止に陥っている。

 こういう話は苦手だったか。

 

「説得……必要な物……。誠意、とかですかね?」

「それも大事だが、それは既に示しただろう。他にもう1つある。それは、建前――と言うとあまり良い印象はないかな?要するに、筋を通せという事だ。堅苦しい大人は、ルールに背くこと――有り体に言えば世間体に響く事を嫌う。だがそれと同時に、ルールの範囲内であればある程度の自由を認める」


 必死に思考を巡らせる。

 何か、何かないか。アニメ研究部の本質を保ちながらも学校や先生の顔を立てられる方法は――。

 

「………アニメが駄目なら…………っ!そうか!」

「何か思いついたか?」

という形ならどうでしょう?これなら活動内容も想像が付きやすいですし、文化祭等で堂々と活動報告が行えると思います」


 佐野先生の表情が、やや満足気な微笑みに変わる。


「……まぁ、良いだろう。及第点だ」

「……マ!!!???青木クンすご!!!佐野っちを論破しちゃうとかえぐすぎるんだけど!!!」

「な、なんとか……はは」

「だが――」


 浮かれる僕らを窘めるように言う。


「――直訴したいなら最初からここまで考えて来て当たり前だ。これでは、私が誘導したのと同じ。テストなら赤点ではないが50点以下だな」

「もー、佐野っちは素直じゃないなぁ。そんなだから彼氏できないんだぞっ!」

「………………今からでも、設立を取り消せるが?」

「あばばばば!!や、やだなぁ佐野っち冗談だって!あーしらの仲じゃーん」

「お前と仲良くなった覚えはない」

「もー、ひどくない?佐野っち」


 一気に空気が弛緩した。

 何だか、ドッと疲れが出た気がする。向いてないことはするもんじゃないな。


「とは言え、部員数が2人では部として認められん。最低4人は部員が居なければ――」

「それはもうだいしょぶ!!残り2人はね〜――」


 ややあって。


「「「かんぱーい!!!」」」

「か、かんぱい」


 僕達は、映像研究部設立記念懇親会という名目でファミレスに来ている。

 まさか自分が同級生の女子とファミレスに来る日が来ようとは。人生何があるか分からないものである。


 乾杯の音頭をとっていた阿足さんが早速口を開く。


「それじゃ、軽く自己紹介と行こっか!

 まずはあーし!阿足ミク!最近はシカ娘のニホタン(ニホンジカのファンによる愛称)推しかな!!皆あーしのことは『あーし』って呼ぶし、青木クンもあーしでいいよっ」

「えっと、あーし、さん?」


 あーしさんこと、阿足ミクさん。

 肩より下、そして圧倒的存在感を放つ胸より上の辺りまで伸ばした、艶のあるサラサラな金色の髪に、

 頭の大きさの半分はあろうかというサイズ感の桃色のリボンのカチューシャが乗せられている。

 そしてその、ややこってり目とも言えるオシャレに負けずとも劣らずな整った小さな顔。

 本人はやや丸顔な所を気にしているようだが、男子にはかえってその要素が、低めな身長も相まって愛嬌という意味で大変好評らしい。

 一言で言えば、可愛いギャル。

 

「あーしさんて、ぷくくく……ま、それでいっか!

 次、ルカちん!」

「……ルカ」

 

 それだけ!?

「それだけ!?」


 心の声とあーしさんの声がハモった。

 ルカちんこと、猛田ルカさん。

 獲物を狩る猛獣を思わせるほど鋭い目つきで、運動部出身の男子にも引けを取らない筋肉質な体つき。

 引き締まった身体なのに、出るところは暴力的なほどにしっかり出ているのだから恐ろしい。

 背中まで伸ばした、やや枝毛のある茶髪を豪快に白いシュシュで一括りにしている。

 掘りが深く鼻筋の通った日本人顔負けの容姿であるのだが、本人の性格で全ての男子生徒に絶望を叩きつける。

 一言で言えば、かっこいい(?)ギャル。


「じゃあ次はリオちん」

「……リオ。めんどいからウチもそれだけでいいし」

「もー、つれないなぁ2人とも」


 仕方ないよあーしさん。

 自己紹介の相手が僕じゃあね。


 リオちんこと、雪野リオ。

 常に気だるさを思わせる下がった目尻に、欠伸の時以外はほとんどまともに開かれないという小さな口。

 まさに雪景色を彷彿とさせる綺麗な銀髪は、いわゆるボブのような形に綺麗に切りそろえられている。

 ルーズソックスを愛用しているようだが、本人曰く「この方がだるそうに見えるから誰か助けてくれる」との事だ。

 もちろんその効果の程は定かでは無い。

 極度の面倒臭がり屋という事もあり、制服の着こなしもだらしない。

 そのため胸元も惜しげも無く披露している――と言いたいところだが、劣情を煽るはずの谷間モノがそこにはほとんど見えない。

 本人は大変コンプレックスに思っているようだが、クラスの男子諸君曰く「逆にイイ」だそうだ。

 一言で言えば、守りたくなるギャル。


「じゃあ最後に、部長の青木クン!」


 軽めの深呼吸をひとつ。

 

「……ふぅ。はい、ええと。部長になりました、青木です。皆さんの信頼を少しでも早く勝ち取れるように、頑張っていくつもりです。これからよろしくお願いします」


 僕にしてはまずまずの自己紹介じゃなかろうか。

 あ、好きなアニメ言うの忘れてた。まぁいいか。

 

 ちなみに何故僕が部長になっているのかと言うと、単純なオタ歴の長さと知識量の差だ。

 あーしさん曰く、部長とは部員の質問に完璧に答えられる人材でなければならないらしい。

 放課後の職員室から退室し、教室に戻る前にアニメ談義を軽く行った結果、オタ歴が長くアニメに関する知識量が多いという事で僕が部長になった。

 あーしさんは副部長。

 正直仕切りとかは面倒臭いので全部あーしさんに任せて、僕は雑務や会計などの裏方に回ろうと思う。


 それはそうとこの2人。


「……ん」

「うぃ〜」


 自由だなぁ。

 ていうかファミレス入ってからずっとスマホ触ってるし。

 TikTokでも見てるんですかね?

 そりゃ僕の自己紹介よりも動画の方が面白いよね、うん。


「あ、あはは〜……ごめんね青木クン、この子らも悪気は無いはずだから……」

「ううん、気にしないで」

「何か興味を引ける話題は〜っと……あ!

 ルカちん、リオちん。あーしらがどうやって鉄壁の佐野っちを落としたか、知りたくなーい?」


「んー?……まァそうだな」

「一応聞いとくし」


 僕の自己紹介よりは興味が湧いたようだ。


「聞いて驚け!!MVPはこの青木クンなのだ〜!!!」


 ででーん、と効果音付きで僕を称えてくれる。

 なんか、恥ずかしいね。うん。


「具体的な話をしますとですね〜、こうカクカクシカジカで〜」


 身振り手振りで、先生とのやり取りを表現してくれている。迫真の演技だ。

 そしてあーしさんの話を一通り聞いた2人が、スマホから目を離してこちらを見る。

 注目されるとそれはそれでこそばゆい。


「へェ〜、コイツがねェ……」

「思ったより、やるし」


 確かに興味を持って、僕を見てくれているようだった。

 あーしさんには感謝しないと。


 それから1時間ほど談笑し、会話のキャッチボールが成立する程度には打ち解ける事が出来た。

 何よりあーしさんのアシストが大きかった。

 あれで大きく僕を見る目が変わったからな。


「じゃ、そろそろ7時半過ぎるし帰ろっか!」

「帰るか」

「帰るし」

「今日は楽しかったです、皆さんありがとうございました。これから色々とご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

「よろしくね!」

「しゃァねェな」

「あーしの頼みだからしばらくは付き合ってやるし」

「ふふ、ありがとねっ!それじゃ、第一回アニ研――じゃなくて映研懇親会、解散っ!!」


 

〜阿足ミク視点〜


 今日は、とっても色んなことがあった。

 ニホタン推しの同志に会えたし、その同志と映像研究部の立ち上げまで出来た。

 さらに仲良しのルカとリオも一緒に。


「なんか、夢みたい」

 

 そして今日の出来事で1番嬉しかったのは……。


 ――青木クン、私が佐野っちに決めつけられそうになった時……。あの時、見間違えじゃなかったら少しだけ怒って助けてくれた……よね?

 今日までろくに話したこともなかったのに、彼のことが少し格好良く見えた。


「……ふふ」


 ニヤケそうになるのを、枕に顔を押し付ける事で堪える。

 少しだけ胸が踊っているのを感じながら、私は眠りに就いた。

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