第5話
「どこにもいかないよ」
私はそう応えていた。
「ほんとう?」
「ほんとう」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんと。だから鈴花もどこにもいかないでよ」
「当たり前じゃん」
「うん」
「……おねえちゃん、好き」
「私も好きだよ」
そう言って頬にキスをしてやると、鈴花はくすぐったそうにしながら私にそれを返してきた。
スズメバチは正直怖かったけど、でも彼女のこんな顔が見れたのだから少しは感謝しなくちゃいけないかな――なんてことを私は考えていた。
いやでも二度とごめんだけど。
「そういえばさ、昼間言いそびれたことがあるんだよ」
「なに?」
「あのさ、確かに私は一人では何にも勝てない自信があるよ」
ハチはおろか、てんとう虫にもアリにも勝てないし、日々の生活だって、仕事だって、私一人ではなんにも耐えられないだろう。
「でもさ、きっと、私たちふたりなら全部に勝てるよ」
「全部?」
「全部」
「ハチにも?」
「追い出したじゃない」
「てんとう虫は?」
「振り払ったでしょ」
「アリは?」
「そんなの、一撃でしょ」
「……なにそれ」
くすくす、と鈴花は笑う。
私もつられて笑ってしまう。
いつ来るかも知れない別れの気配。
私たちは常にその気配に怯えていて。でも、だからこそ、いつもふたりで過ごす時間がかけがえのないものだということを知っている。
もうすぐ夏がくる気配、土曜日の空気、一緒にハチに怯えてみたり、長生きしてほしいからお酒は控えてよね、という視線を感じながら飲む白ワインの眩い光、取り分けてくれた真っ黒のパスタ、彼女の書く小説、一つのベッドに二つの身体、自分のじゃない鼓動、匂い――
そんなの全部、かけがえのないものなんだと、私たちはちゃんと知っているのだ。
キラービーと妹 きつね月 @ywrkywrk
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