novel.52 奪い合いされる立場では

 休み時間、私はすぐに1年生の教室に向かって、柄にもなく廊下を走っていた。朝の人が多い廊下を掻き分けて天沢さんのクラスに着く。教室内を目で見渡して天沢さんを探していると、天沢さんと同じクラスの生徒会の後輩の子が話しかけてきた。


「あれ、汐宮先輩?どうかしたんですか?」


「あ、ごめん。天沢さんっている?」


 すると、その子は困ったように


「今からうちのクラス体育だから、もう移動してるかもしれないです」


 と、教えてくれた。私はその子に簡単に感謝を告げて、また来た廊下を戻った。体育に行くまでに歩く廊下を辿って天沢さんを探していると、遠くの人の中に天沢さんがいるのを発見した。が、あの人の中では到底話しかけられそうにもない。私が仕方ないか、と諦めて帰ろうとしたその時だった。


「汐宮さん」


 後ろから妖艶な声で話しかけられて、思わず背中が跳ねた。すぐに後ろを振り向くと、そこには何故か雪城さんが立っていた。


「ゆ、雪城さんっ!?」


「あら、そんなに驚かなくてもいいじゃない。昨日とは違って私達はもうクラスメイトなんだから」


 親しみをこめた笑顔で話しかけてくる雪城さんは、近くで見てもとても綺麗な顔をしていた。天沢さんは、なんというか、こう、the・女子校の王子様的な雰囲気のかっこよさを感じる顔だけど、雪城さんは本当に万人受けするタイプの美人だ。雪城さんはそうニコニコして私の正面に回った。


「一紀はとても人気者みたいね。とは違って。あんなに女の子に囲まれちゃって。あの浮気者」


「そんな、浮気者って……」


「あら、そうでしょ?一紀は親しい人にしか距離感近くないから、あなたとはてっきり付き合っているぐらいのものだと思ったのに」


「……あ」


 そんな綺麗な顔で、まっすぐそう言われたら、まるで嘘をつけない。白状してしまいそうになる。そんな感覚に苛まれた、その時だった。


 

 瞬間、後ろに強く引っ張られ、抱き寄せられた。


「……っ!?」


 今日は体からいつも使っているボディソープの香りがしていないから、抱きしめられてすぐに気がついた。


「あ、天沢さん……!」


「あら、一紀。今日から転入してきた私に挨拶もなしに、私の前でお熱いことね」


 雪城さんがそんなことを言っているうちに、いつの間にか周囲に人が集まって、私達を大きく囲んでいた。


「……っ、!ご挨拶が遅れたのは謝りますが、どうして貴方が汐宮先輩に話しかけているのかがわからないです!」


 天沢さんは私を強く抱きしめて、雪城さんにそう言い放った。しかし、雪城さんは妖艶に笑うだけだった。


「あら、私と汐宮さんはもうなのだから、普通に話しかけたっておかしくは無いでしょう?」


 雪城さんにそう言われ天沢さんが言い淀っていると、先生が人の輪の中に入ってきた。


「ほらほら貴方達、授業が始まりますよ!」


 そう先生が言ったのを境に、雪城さんが私の手を掴んだ。


「さぁ、授業が始まるから、教室に戻りましょう。汐宮さん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百合ラノベにはまったら、女子高の王子様に目を付けられて強制的に交際が開始してしまったので、ラノベみたいな夢を見せてもらおうと思います。 藤樫 かすみ @aynm7080

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ