山田呪い代行サービス

@7729ab

『呪いのケツ尿』

『呪いのケツ尿』


 

 ちりん・・・


 ドアベルが渇いた音を鳴らし、開いた扉から一人の女性が訪れる。

デニムパンツにパーカーの、若い女性だった。

「いらっしゃいませ」

 カウンター越し、受付の男性は営業スマイルで、お客を出迎える。

「どうぞ、こちらにお掛けください」

 言われるまま女性は、カウンターを挟んで、男性の前の椅子に座る。

「本日はどのようなご用件で?」

 男性、山田純は、名刺を差し出しながら 落ち着いた声で女性に聞く。

 ダークスーツに紺のネクタイ、縁なしの眼鏡を掛けた、年齢にして30過をぎたくらいの、ごく普通の営業マンである。

 ただし名刺の肩書には、


 山田呪い代行サービス代表


 と書かれている。

「ネットの掲示板で見て、半信半疑で訪ねてみたんですが、本当にあるんですね。びっくりしました」

「意識をしなければ、目に触れる事はなく、逆に意識さえすれば、いつでもこの場所で、お客様をお出迎えする、そんな感じです」

「・・・そうなんですね。なんか、信じられない・・・。 

 あ、ここって、呪いたい人がいれば、本人の代わりに請け負ってくれたり・・・するんですよね」

 女性は半信半疑な様子で聞く。

「ええ。当店は呪いの代行を業務としております」

「では、お話します。

 実は半月前まで付き合っていた彼氏がいたんですけど、もともと仲の良かった会社の同僚で、いずれは結婚も考えていた仲だったのに そいつ、私に内緒で他の女とも付き合ってて、二股掛けてる事がばれたら、あっさりと私を捨てて消えちゃったんです。

 さんざん・・・さんざん俺が愛してるのはお前だけだよ、なんて言っておきながら・・・」

 突如、カウンターを拳で激しくたたくと、突っ伏して号泣する。

「呪ってやる!呪ってやる!呪ってやる!呪ってやる!呪ってやるーーーーー!!!!!!」

「落ち着いてください。話はわかりました」

 山田はあくまでも冷静になだめる。

「まずはご自身のお名前とお電話番号、それから相手方の、住所、氏名、年齢等、わかる範囲で、こちらの用紙にご記入ください。ご記入いただいた情報を元に、まずは、身元のリサーチに入らせていただきます。

正式に代行させていただく事になりましたら、あらためて本人確認の身文書と印鑑をご持参して、こちらにお越しいただき、お代金は後から成功報酬として頂く、という流れになります」

 女性は出された用紙に、言われた通り書き込んでいく。その筆圧にも恨みが籠っているようだった。

「さて・・・」

 山田はレストランのメニューのようなカタログを、女性の目の前に開く。

「どのようなコースでお呪いさせていただきましょうか」

「・・・どのような・・・」

 女性、稲垣洋子は、メニューに書かれたコースの数々を眺めていく。

「この、心霊写真というのは、あの心霊写真ですか?」

  洋子はカタログに並んだ、一番上のコースを指さす。

「はい。これは呪いたい相手に、当店に登録している幽霊のスタッフが張り付き、相手がカメラで写真を撮るタイミングを見計らってそっとカメラに写り込む、というコースになります。

 カメラに向かって呪いの念を送る事で、成功となります。

 ただし、10日以内に、相手方に写真を撮る機会が訪れなかった場合、失敗という事で、お代金はいただきません。こちらが一番オーソドックスでお安いコースになります」

「心霊写真て、現世に未練のある地縛霊とか、写真の撮影ミスとかじゃないんですか?」

「6割程度はそうですね。ただ残りは、我々のような業界が派遣している感じです」

「・・・そうなんですね。意外でした」

 洋子は、まだ信じられない顔で、山田の顔と手元のカタログの間あたりに視線を泳がせる。

「他にお勧めはありますか?」

「姿を消して、気配だけで背後に佇むコース、夜中に家のあちこちからラップ音を発生させるコースなどいかがでしょう?こちらも多くのお客様ご好評を頂いております。

 あるいは二つを組み合わせていただくと、5%の割引になりますので、こちらもお得かと」

「ほかには・・・?」

「お金に余裕があるのであれば、末代まで呪う、というコースもありますが、やはり大変高額になりますので、余程のご事情がない限り、お勧めはしかねます」

「末代まで・・・さすがにそこまでは・・・他には?」

「あと・・・こちらなどいかがでしょう。最近追加されたコースです」

 山田は、カタログの一番下のコースを指さす。コースの横に『New』のマークが付いている。

「それは?」

「ケツ尿の呪いです」

「ケツ尿・・・て、おしっこに血が混ざる、あれですか?」

「いいえ」

 山田はクビを横に振る。

「そんな生易しいものではございません」

「じゃあ、どんな・・・」

 山田は一呼吸置くと、静かに女性の目を見据え、低い声で言う。

「ケツから・・・おしっこが出るんです・・・死ぬまで・・・」

「やだ、怖い!」

「呪いが完了すると、あとは死ぬまでケツから尿が出続ける。男性でありながら、二度と小便器で用を足す事ができなくなる、恐怖の呪いです」

「素晴らしい!」

 洋子は感嘆の声をあげる。

「この呪い、開発されたばかりで、まだ試験段階ですので、いまなら激安価格の1980円(税込み)で、ご提供させていただいております。

 いかがなさいますか?」

「これでお願いします!これで、これであいつを呪って、呪って、呪い尽くしてください!」

 即答する洋子。そ目は、怒りに満ちた暗さと、爛々とした輝きを同時に放っていた。


 

 半月ほどたって、女性が会社の友人たちから聞いた所によると、呪われた元カレのその男は、最近トイレに行くたびに個室に入り、そこからチョロチョロと音が聞こえてくるようになったとか。

 誰も、彼が小便器で用を足す姿を見なくなったという。


 終わり。






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