生きるのがつらいならその体を貸してくれ

ちびまるフォイ

その心、笑ってるね!

「不採用」


「えっ。たかがバイトですよ!?

 俺のなにが不満で不採用なんですか!?」


「君ひとりを雇うよりも、

 ロボット雇うほうが安く済むんだよ」


「そんな……!」


これでバイトの不採用も10件目。

どこへ行っても「人間はいらない」と跳ね返される。


「はあ……今月の支払いどうしよう……」


"金がない バイト"で検索していて見つけたのは

「体レンタルバイト」というものだった。


自分のようにバイト先をロボットにより追い出された人たちが始めたバイトらしい。


「なになに。始め方は簡単です。

 専用のアプリに指紋を登録して両者合意したらレンタルスタート、か」


会員サイトに登録し、貸出し人間としてラインナップされる。

貸し手がつくと時間を決めて自分の体を使わせる。


こんな自分の体を使う人がいるのかと思っていたが、

以外にも需要はあるらしくすぐにレンタル希望者がお金を支払った。


「レンタル開始っと。うわっ!」


レンタル開始ボタンを押すと、急に体の自由が切り替わった。


まるで金縛りにでもあっているよう。

意識はしっかりしているのに体は動かせない。


そのかわり、自分の体をレンタルしている人が

自分の体を好き勝手に使えるようになる。


レンタルした人は自分のからだを乗っ取ると、

まず鏡で何度も自分の姿を確認した。


「これが俺……」


(……本当にそんなセリフ言う人いるんだ)


口を動かせるのはレンタル先で、

でも心を動かせるのは自分自身。


レンタルした人は何をするわけでもなく、

俺の体で散歩したり、学校に行ってみたりで時間を使った。


時間が終わると、ふたたび自分の体の操作権が戻る。

そして、レンタル料の支払い。


「い、1時間で1万円も……!?」


入ってきたレンタル料に目が点になった。

コンビニバイトで不採用になり落ち込んでいる場合ではなかった。


むしろ体レンタルを知ることができたから、かえってよかった。


「こんなに割のいいバイトがあるならもっと早くに始めておけばよかった!」


そうして学校に行っていない時間は常にバイトに費やした。


自分の体をレンタルする人はさまざま。


若い頃の体を思い出したい年上の人や、

異性の体はどんなものかとレンタルする女性。


普段ははずかしくてできないことも、

体をレンタルすればできるということで使う人もいる。


体の主が嫌な場合は強制的に主導権を奪い返せるので安心だ。

主導権を奪ってしまえばレンタルは強制終了できる。


そんな調子ですっかり体レンタルも慣れた頃。


次に貸し出した人は体をレンタルするなりこれまでにない行動をしていた。

いきなりテーブルに紙を用意して、なにか書き始めた。


体をレンタルした人は老若男女とわず、

まず最初に鏡で自分の姿を確認するのがパターンなのに。


なにか書き終わると、その目を通して自分に見せた。



『もっと稼げる方法を知りたくないか?』



紙にはそう書かれていた。


続いて次の紙にペンを走らせる。



『嫌なら、ここで体の主導権を奪い返せ。

 OKなら、この体をその場所へ案内する』



その文字で迷った。

それでもその先が知りたくて、体は相手に主導権を渡したままにした。


「よし、それじゃ案内する」


そう言った自分の体は人里離れた場所へと迷いなく向かった。

地下の階段を降りたところで、唐突にレンタルが終了した。


「きゅ、急に主導権が戻った……」


「認証ができないからな」


暗がりの向こう側で知らない男がまっていた。

話しぶりからして、自分の体をレンタルしていた人だろう。


男は認証を済ませると、地下の大きな扉が開いた。


「ようこそ、うちの会社へ」


扉の先にはベッドの上に寝かされている男女が並んでいた。

まるで野戦病院。


でも、誰もが安らかな顔をしている。


「ここはいったい……」


「闇レンタル市場さ。お前も女の体をレンタルし、女湯に入ることくらいは夢見るだろう?」


「でも、そんなことすればレンタル主が主導権を強制的に奪い返すからできないよ」


「そうとも。だが、ここの人間はそうじゃない。好き勝手できるんだ」


「はぁ!?」


ベッドで寝かされている人たちは眠っているように動かない。


「こいつらは自分の主導権を手放した人間たちだ」


「どういう……?」


「死にたくても死ねない。死んだら迷惑がかかる。

 でも生きていたくない。そんな人間がどうするか?

 

 自分の主導権を捨てちまうのさ。

 ここにある身体は意識のない、都合のいいぬけがら達さ」


寝かされている体は生きているだけで意識はなさそうだった。


「そんなの……」


「なにか問題か? ん?」



「最高に稼げそうな話しじゃないか!」


俺は顔がほころぶのを止められなかった。


持ち主が常に監視しているのが体レンタルだが、

闇市場の体レンタルではそのリミッターがない。


高額で貸し出したとしても買い手がつく。


俺は闇体レンタルの仲介人として仕事をはじめた。

稼げる金額はこれまでの体レンタルがままごとに思えるほど莫大な金額が流れ込んでくる。


「あははは! 体レンタルって最高!!」


今が自分の歴史の中でいちばん幸せなときだと実感した。


ある日のこと。

地下室のベッドが1台空いていることに気づいた。


「あれ? ここに寝かされてたガマガエルみたいな男は?」


「さあな」


「レンタル期日は過ぎてるはず。なんで返却されないんだ」


「犯罪にでも使われてるんじゃないか。

 だが、惜しむほどの素材じゃないだろう。

 レンタル頻度も少なかったし、処分できて一石二鳥さ」


「……」


レンタルの体でもやっぱり若い人や女は高額になる。

一方でブサイクやおじさんはレンタル価格を低くしても人気が出ない。


「でも、不人気の体だとしても

 返却されないのはまずい。ちゃんと管理しないと」


「うるせぇな。オレの紹介で入ったんだから、

 オレのやり方に従うのがすじだろう」


「そんな雑な管理で、今度若い女が借りパクされたらどうするんだ!」


「グチグチうっせぇな。お局かよ、黙って仕事しろ」


「ああ、お前がな」


俺は持っていたスタンガンを男に当てた。

一瞬だけ体がそりあがったかと思うとすぐに意識を失った。


「誘ってくれてありがとう。だが、これからは俺の場所だ。

 でも大丈夫。お前もちゃんと働かせてあげるから」


意識を手放せる昏倒剤を男に与えると、

その体を空いたベッドに寝かせて「新商品」として陳列した。


「これからは俺の市場だ!

 もっと完璧に! もっとシステム化して荒稼ぎするぞ!」


すべてのレンタルする体にはGPSを埋め込み、

どこかで手放されたとしても場所がわかるようにした。


不人気の体には若い体とのセットで売り出して買い手がつくようにする。


ますます売上は高くなっていく。


通帳にきざまれる「0」の桁数が増えるほど、

自分の経営戦略がすぐれていると褒められている気になる。


「やっぱり俺は人の上にたつ人間だったんだ!!」


体レンタルの支社を作ろうかと思い始めたときだった。

地下室のドアがぶちやぶられて、武装した人たちがなだれ込んできた。


「動くな!! 地面にふせろ!!」


「うわっ!?」


従業員わずか1人の小さな闇市場はあっという間に制圧されてしまった。


「違法な体レンタルをしていたとして逮捕する!」


「ど、どうしてここが……」


「ここのレンタルした体にGPSが入っていた。

 そこの送信元を逆探知してここにたどり着いたんだ」


「あっ……」


「お前、経営戦略としては優れているが

 犯罪者としては危機意識が低すぎるようだな。向いてないよ」


闇市場はすぐに解体され、自分も手錠をかけられてパトカーに乗せられた。

もはや言い逃れのしようもない。


パトカーはかまうことなく走り出した。


「どこへ行くんですか……」


「刑務所だ」


「え、いや警察署じゃないんですか!?」


「お前のような極悪人は刑務所に直行だ。それができる。

 書類をちょっといじればできちゃうんだ」


「横暴だ! そんなの許されるわけ無いだろ!」


「お前にはどうしようもないだろう? それに……」


男は嬉しそうな顔で後部座席に座る俺を見た。


「昔から、一度自分の手で犯罪者を牢屋にぶちこんでみたかったんだ。

 せっかく警察の体を手に入れたしね」


そのガマガエルのような顔に見覚えがあった。



「お前……! いま、誰が中に入ってるんだ……!?」



男は最後まで答えないまま、俺は牢屋にぶちこまれた。

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