終点

ぷるたぶ

終点


「不倫旅行みたいだね、」

前を歩く彼はそう言って笑った。

日本家屋の続く街並みは、穏やかな光に包まれている。石畳はずっと先まで続いているが、観光地だというのに夜にもなるとほとんど人はいなかった。

「……彼女置いてきたんだから、同じようなもんだろ」

「そうかな、」

仕事も順調で、彼女もいて、彼の人生は順風満帆だ。なのに、俺の存在だけが彼の汚点になっている。

俺とこうして定期的に会って、セックスをしたり出かけたり。

その関係の呼び名を、俺は不倫以外に知らない。


俺は幸せになってはいけない。

俺は幸せを望んではいけない。

彼に会う度、優しくされる度、抱かれる度、そうずっと、ずっと念じて来た。


この人が俺に執着してしまうなら、俺からその手を離そうと。

この人が俺を愛してしまうなら、俺からこの手を拒もうと。


そんなことをぐるぐる考えていると、繋いだ手をきゅっと握られた。

大切なものを扱うような力に、思わず彼の方を見る。


「でもね、俺はお前と来たかったんだよ」


彼はそう言って、困ったように笑った。


向こうで流れる川が、夜の暗闇の中に沈んでいる。

遠くの方に橋が見える。その橋は、今の俺にはひどく頼りなさそうに映った。



(俺がこの手を、離せばいいのだ)



俺がこのぬくもりを大切にしなければ、彼は。




「ねえ、きっとぐるぐるいろんなことを考えていると思うんだけど、俺はお前と一緒に来たかったんだよ」

それだけだよ、という言葉で、心の奥につかえていたものが、すとんと落ちる気がした。


(かわいそうに、)



かわいそうに、なぜこんな俺に執着なんかするの。なんでこんな俺のことを、捨てられずにいるの。

なんでこの関係を、割り切れないの。



こみ上げては声にならない言葉たちを涙と共に飲み込んだ。せめて嬉しいと思いたくて、今の自分が幸せだと念じて、彼に笑いかける。

不思議だ。自分なんて幸せになってはいけないと思ったばかりなのに。

頭の中でばらばらになった自分を拾い集めても、どうやって繋げばいいのかが、まるで見えてこない。何もわからない。自分のことなのに。



ひしめくように建ち並ぶ日本家屋は、オレンジの光に包まれて、まるでミニチュアの街並みのように見えた。

つくりものの家、つくりものの幸せ。つくりものの俺たち。まがいものの俺たち。


そうだ、俺たちはまちがっているのだ。

俺たちは幸せになれないのだ。

つながれたこの手のぬくもりでさえも、与えられてはいけないものなのに。


「なあ」 


声をかけると、前を見ていた彼が俺を見た。

柔らかな眼差し。ああ、この目が好きで、この優しさが好きで、俺は彼を好きになったんだっけ。


「お前さ、俺と一緒に死んでくれる?」


そう呟くと、彼はもちろん、と言って微笑んだ。

そうだ、このつないだ手をそのまま、このまま何処かから飛び降りられれば。消えた世界で二人、ずっと一緒にいられるのに。


それを破滅と呼ぶのなら、まがいものの俺たちは、その世界でなら、やっとほんものにはなれるのに。




(でも本当は、一緒にこの世界で生きていければ、それがほんとうのしあわせなのだと思っているけれど、お前はきっと、そうは言ってくれないんだろう、)










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