魔法使いの君と、僕

つくも せんぺい

虹と硝子玉

「ねぇ、虹のはしっこ見てきて」


 唐突に君はそう言った。


「はしっこって、ここもだよね?」


 僕らの前に、というか僕の足元にあるを指差して君に確認する。


「違う、虹のゴールって意味」

「え? ここがゴールかも」

「見てきて」


 君と僕はいつもこんな調子。君が少しお姉ちゃんだからかも。


「えー……どうやってさ?」

「ふふ、そう言ってくれると思ってたわ」


 しぶしぶ。

 君のお願いに僕はいつもこんな風に唇を尖らせる。喜んでなんかいないのに、君は僕のを聞くと目を輝かせた。都合の良い耳だといつも思う。

 濃い紫のローブのポケットから、君は何かを取り出し僕に手渡す。

 

 封筒と……、硝子がらす玉?


 渡された封筒は、飾り気のない白い封筒。

 玉は全部で十個。黒が三つ、あとはバラバラで、ちょうど虹の七色と同じだった。


「封筒の中は、帰りのおまじない。硝子玉は虹が消えないためのお守り。虹が薄くなったら、黒以外を虹に投げてね?」

「黒を投げたら?」

「落ちてもいいならどうぞ?」

「……」


 君は魔法を使える。僕は使えない。

 その内使えるわよといつも言うけれど、僕には才能がないかも知れない。だからまぁ、君と居られるなら、しぶしぶだけど頼み事くらいは頑張ろう。


「じゃあ、行ってくるね」

「振り返ったらダメよ?」

「どうなるの?」

「私があなたを食べちゃうかも」

「あはは、ならすぐ振り返るよ」


 もう、と頬を膨らませながら、君は僕をぎゅっと抱きしめて、いってらっしゃいと耳元で囁いた。いつもは冗談でもこんなことしないから、緊張と気恥ずかしさで体が強張る。


「いつものお願いより危ないから、特別ね」

「……特別が過ぎて、なんだか不安になったよ」

「うっさい。早く行きなさい」

「はーい」


 手を振って、僕は軽いテンポで虹を駆けだした。





 硝子玉の意味はすぐに分かった。時間が経つと虹が薄くなってくるからだ。

 紫・藍・青・緑・黄色・橙・赤の七色の玉、とりあえず僕が走っている右手側にある紫から投げる。

 すると虹に色が戻り、いつもの紫ローブの君が現れて隣を走りはじめた。君の魔法だ。


「これは退屈しなくていい」

「でしょ?」

「すごい! 話せるんだ!」

「すごい、話せるの? って言った。ふふ、お見通し~」

「ちょっと違うじゃん」


 しばらくかみ合わない会話を楽しんでいると、また足元が薄くなり、今度は藍色の玉を投げる。君も透きとおっていき、僕に優しい笑顔を向けた。


「おしまいね。……大好きよ」


 そんなこと普段言わないじゃん。なんだかむずがゆい気分。

 次は、藍色ローブ姿の僕だった。魔法が使えなかった僕が、もう着なくなったローブ姿。


「……これじゃなくて良くない?」


 の声が揃った。

 その後はずっと無言で、作った君のしてやったりの顔が目に浮かんで、なんだか腹立つ。色がまた薄くなったのを見計らい、すぐ青を投げた。

 すると目の前を、いつかの青空の下の僕らが映像になって付いてくる。


「ねぇ、どうしてここに居るんだっけ?」

「魔法使いだからでしょ?」

「僕、使えないけど」

「その内使えるわよ」


 僕は君といつから一緒に居たのか、よく覚えていない。でもずっと前から君を知っていることは分かるから、それで良かった。

 次の緑では平原の散歩の思い出でも流れるのかと思ったら、丸い窓が三つ現れた。左が緑に光っている。後は真っ黒。


「なんだろ?」


 緑は、それだけだった。

 よく分からないまま時間が経ち、黄色を投げる。今度は緑が消え、真ん中の窓が黄色に光る。気がつくと青かったはずの空が暗く、虹の道以外が見えなくなっていた。

 危険と言った君の言葉が思い出され、足を速める。

 まだゴールは見えてこない。


 橙。また窓が何か変わるのかと思ったら、窓は黄色のまま、大きな顔みたいな箱が現れた。見覚えがある。箱はすごい音を立てて動き出し、追いかけてきた。

 急げって意味なら楽しいものにしてほしいと、君への文句をいっぱい叫んで走る。箱は怒ったのか、目がピカピカ光り、けたたましい声で威嚇してきた。

 焦りすぎて、最後の赤を投げる時に、僕は黒を一つ落としてしまう。掴もうとするけど、それは猫に姿を変え、箱に向かって走り出した。

 危ない! とっさに僕は赤い玉を投げた。けど、多分意味はない。

 


「ダメ!」


 赤い玉が虹に触れ、激しい衝突音とが響いて、辺り一面が真っ赤に変わる。虹も空もない、真っ赤な空間。


「そっか」


 猫を追いかけて、赤信号で車の前に飛び出した。君の声が聞こえたけど、多分僕はそのまま轢かれたんだろう。

 ここは虹じゃない。僕の果て。


「手紙……」


 そう思い立ちポケットを探ると、手紙はあった。

 開くと真っ白。なんだと落胆すると、黒い玉が一つ飛び出して手紙に文字を書く。


 ――残念。途中で黒を使ったね? このままずっと一緒も素敵だけど、魔法が使えるようになったら、またね。魔法? 長生きしたらしっぽでも生えるんじゃない? お唱え下さい。ラナヨサ。


「ラナヨサ……なんだよ、逆さにしただけじゃん」


 赤い空間はひび割れて、眩しい光が差し込んできた。





 君の写真の前で僕は手を合わせる。

 あの時、僕は君に助けられたんだと起きて初めて知った。声は後ろからだった気がするけど、本当に魔法でも使ったのかも知れない。一度だけ、君自身と引き換えに。


「一緒に居たかったんだけど」


 そう声を掛けるけど、返事なんてない。あの二人で過ごした時間は、魔法使いになった君がくれた最後の時間なんだろう。あの時黒い玉を落とさなければ、まだ君と、ずっと君と居られたのかな。

 そんなことを考えると、目の前に黒い玉。そういえば一つ使ってなかったなと触れる。

 さらさらと砕けた黒い粒子が、風に流されるように僕の耳のそばを横切って消える。


 ――またね。


 君の声。

 それだけ。それだけだった。

 ……魔法が使えるには長生きだっけ? またね、か。君らしいお願いだ。


「……仕方ないなぁ」


 僕がしぶしぶ呟くと、写真の瞳が輝いた気がした。

 写真になっても都合のいい耳だと、思わず笑った。




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