第6話 またね

「――モエ、もうすぐ帰らないと」

 リリィが声をかけてくれて、私はハッとした。


「そういえば、向こうは夜だった。お母さん心配してるかも……」

「急ごう!帰りは走るよ!」

 

 名残惜なごりおしさを感じながら、リリィと共に丘から離れて、来た道を戻る。


「モエ、準備はいい?」

 最初に来たリリィの部屋で、窓枠まどわくを用意した後、リリィは言った。


「うん……。こっちに来て、楽しかった。ありがとう、リリィ」

「モエが初めて名前を呼んでくれた……!」

 リリィは目を輝かせた。


「べ、別に。そっちがモエ、モエって呼ぶから……」

 私はなんだかずかしくなった。


「嬉しい!」

 そう言うとリリィは私をギュッと抱きしめた。

「……!!」

 あまりに急だったのと、そういうことに慣れていないのとで、私はびっくりして固まってしまった。

 

「窓よ導け、我らの望むその場所へ!」

 私の体をそっと離した後、リリィが例の呪文じゅもんを唱えた。

 こっちの世界に来た時と同じ。窓から光があふれてくる。


「……じゃあね、リリィ」

 り返って、私はリリィを見た。

 リリィはなんだか少しさびしそうな顔をしていた。

「うん、じゃあね、モエ」


 窓の中に手を入れる。すごい勢いで吸い込まれていく。


「モエ!……またあたし、そっちに行くからね!」

 グワっと身体が引っ張られる中、リリィの声が聞こえた――ような、そんな気がした。


 気がつくと、家の中だった。

 時計の針は11時を指していた。

 向こうではもっと長い時間過ごしていたような気がしていたので、なんだか不思議な気分。

 

「夢、だったのかな……?」


 ちょうど、玄関のドアの開ける音がして、お母さんが帰ってきた。


「ふぅ〜。疲れた〜。もえはもう寝てるかしら」

 奥の方から声が聞こえた。


 寝ていることにしないとと思い、私はあわてて布団に入る。


 移動した反動なのか、頭はまだ少しクラクラしていた。

 

『あっちの世界からここに来たのはモエだけだよ』

『へへっ。お気に入りの場所なの。モエをびっくりさせたくて』

『モエが初めて名前を呼んでくれた……!』

 リリィが言ってくれたことを思い出す。


(なんだか不思議な子だったな。……でも、少し、嫌なことを忘れられた気がする)


『またあたし、そっちに行くからね!』


「……?」


(いやいや、きっと、聞き間違まちがいかも……)

 

 そう思って、私は目を閉じた。

 

 ――その言葉通り、数日後、再びリリィが来ることを知らずに。


【完】

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窓枠のリリィ 篠崎 時博 @shinozaki21

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