第5話 お気に入りの場所

「モエ、一応これ着て」

 玄関のドアを開ける前に、リリィは白いローブを渡してきた。

 ローブはちょうどふくらはぎがかくれるくらいの長さだった。

 ついでにフードもかぶるよう言われたので、その通りにした。


「あっちの世界からここに来たのはモエだけだよ」

 人差し指をそっと口元に当ててリリィは言った。

 つまり、私という存在はこっちではひどくめずらしい、という意味なんだろう。

 知られたら、何かされるのだろうか。そう思うと、なんだか変に緊張してきた。


 リリィがドアを開いた。

 その先の光景こうけいに、私は思わず目を見開いた。


 カメレオンが大きくなったような生き物と散歩する人。

 あちこち飛び回る妖精ようせい

 ひとりでに壁をペンキでる筆。

 つえでボールを動かして遊ぶ子たち。


 それをさも当たり前かのように、街の人は平然へいぜんと通り過ぎていく。


(本当に魔法まほうが存在するんだ……)

 

見入みいってると、先行っちゃうよー」

 おどろききのあまり立ち尽くしていると、リリィがそでを引っ張った。

 

「おー、リリィ!」

 少し行った先の店でランタンを売っている男の人が声をかけてきた。

「あ、マルルおじさんだ!」

「マルルおじさん?」

「近所の人だよ。よく庭で取れた美味おいしいケミュをくれるんだ」


(ケミュ???)


 あらたにまた、不思議な言葉が出てくる。

 しかし、それにいちいちんで聞くのもちょっと面倒めんどうだったので、きっと果物か野菜か何かだろうと勝手に想像しながら、リリィと一緒にマルルおじさんのお店に向かった。


「お〜!新作のランタンだ〜」

 リリィは店頭で売っているランタンに近づいた。

 リリィが手に取ったランタンは、き通った青いガラスでできていて、うっすらと白く輝く光――、はかないようででも簡単には消えないような光がともっていた。

 

「これは一晩ひとばん月光げっこうに当てたから、いい具合の明るさになるさ」

 

 私も思わず他のランタンに手を伸ばす。

 

「おや?初めて見る顔だね。君はリリィのお友達かい?」

 私に気づいたマルルおじさんが声をかけた。

「あ――」

「そう、違う街の子なの!初めて来たから案内してる」

「そうか、そうか。楽しんで行ってな!」

 そう言うと、マルルおじさんは笑顔で私たちを送り出してくれた。


「ごめん、ちょっと先急ぐよ〜」

 にぎやかな通りを抜けて、せまい路地に入った。しばらく歩いて、また広い通りに出た時は、家も店もほとんどなくなっていた。


「ちょっと、どこ行くの〜」

 今度は坂道を歩かされ、だんだん息が切れてきた。

秘密ひみつ〜」

「も〜!つかれたー!」

「モエって意外と体力ないのね〜」

 リリィは気にせずズンズンと先を歩いていく。


(友達もいないし、どうせいつも家で引きこもってますよ……!)


 心の中でどく付きながら、必死でリリィの後を追う。


「見て!」

 ようやっと立ち止まったリリィが指差した先は、このまち一番高い丘から見えるトーリィランドの景色だった。


「わぁ……」

 トーリィランドは上から見ると、ちょうどハートの形みたいになっていたのだ。

 丘の下にいた時は気づかなかった。街全体が木々に囲まれていて、うまい具合に仕切られている。


「暗くなるともっと綺麗きれいなんだよ、ここ。でも、あんまり遅くなるとお母さんも心配するから、夜は行かないようにしてる」

「すてきなながめだよ、ありがとう」

「へへっ。お気に入りの場所なの。モエをびっくりさせたくて」

 れた顔でリリィは言った。


「きれい……」

 日はもうすぐ暮れる頃になっていた。

 夕日が落ちていって、街を少しずつ茜色あかねいろに染めていく。

 その光景に私は見惚みとれてしまった。

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