第3話

 草木の青い香りが鼻を通り抜ける。心地よい春の日差しと、まだ少し冷たい風が頬を撫でる。

 男の目覚めは素晴らしい1日の始まりを予感させた。


 「お目覚めですか?」


 寝惚け眼で薄目を開けると、女がまじまじと顔を覗き込みながら、微笑んでいた。

 

 先程の凄惨な戦場とはうって変わって、豊かな自然と穏やかな暮らしがまだ保たれている。

 男は10回目の転移を果たしたことを確認した後に、ひどく狼狽した。


 仰向けに横たわる自分を上から女が覗き込んでいる。そこから推測される現在の体勢は、膝枕だ。


 「ここにずっと倒れていたんですよ?お怪我はないようでしたので……」


 怪我はない。どうやって確認したんだ。


 男は慌てて起き上がると、妙に距離を取りつつ服や身の回りを確認して、もぞもぞと口上を述べる。


 「悠久のドラグーン、ダグザルと申します。お気遣いには感謝しますが、余計なお節介は結構でございます。それでは」


 いずれここも戦場になる世界。現地の人間と触れ合いを持つと、救済に失敗した際の心理的なダメージが増す。過去の世界では、そうして情の移った人々を捨て切れずに死にかけたこともあった。


 「お節介だなんて、失礼な人」


 これ以上の会話は不要だ。早くこの場を立ち去ろう。


 「あなた、お礼の一つも言えな……きゃぁ!」


 「礼なら言ったはずだ」


 そう言って振り返った時には既に、ダグザルは剣の柄に手を掛けていた。女が悲鳴を発する先にいるのは、紛れもない「奴ら」だ。

 先程とはうって変わって、生温い陰気な風が頬を撫ではじめている。


 ─いつからそこにいた?この世界にはまだ、奴らの気配は無かったはずだ。


 薄暗く変わりゆく天候、木々の嫌なざわめき、剣交わる寸前の緊張感。額には脂汗を滲ませながら、思案の先に浮かぶ一つの可能性。


 ─まさか、跡をつけられていた?次元の扉から、俺が招いてしまったのか……


 黄昏に抗うドラグーンが、遂に黄昏そのものとなっていた。


 

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悠久と黄昏のドラグーン ロボットSF製作委員会 @Huyuha_nabe

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