第5話 魔女の試練

  外はすでに暗くなり、街灯が街を照らす。


 人はめっきりと少なく、昼の騒々しさはすでに夜の街に消えていた。


「ソフィアさん魔法使いだったってこと?」


 神さまから何も聞いていなかったソウタはソフィアが魔法使いと知らず、


 口を開けて、ソフィアを見ていた。


 確かにソフィアの風貌はどこからどう見ても魔法使いのそれだ。


 杖もよく見たら、先端に宝石のようなものが取り付けられ、


 長年使用していたのか、ところどころに傷がついている。


「なんだ、私のことを聞いてきてるなら、それぐらい知ってるのかと思っていたが」


 手に持っている魔送石を机に置き、ソフィアはゆっくりと椅子に座った。


 昔にモンスターと戦っていたなら、この世界の事をよく知っているんだよな。


 それに、戦い方も魔法使いだったとはいえ、ある程度戦いの基礎も知っているはず。


 ソウタは何かを思いついたのか、唐突にソフィアに頭を下げた。


「ねぇ、ソフィアさん! 俺に戦い方を教えてくれ!」


 驚いたソフィアは、椅子から落ちそうになる体を手すりを掴んで必死に堪えた。


「はぁ!? なんで私がお前に戦い方を教えないといけないんだよ!」


「俺、戦い方とかまだわからないし、自分がどういう戦い方をできるのかを知りたいんです」


 ソウタは必死に説明をするが、ソフィアの表情は険しい。


 世話をするのはごめんだといわんばかりの表情を浮かべ、


 ソウタの言葉に耳を傾けてはいるが、


 快くは思っていないようだ。


「私はもう一線を退いてんだよ? そんなこと自分で考えな!」


 頭を上げ、ソフィアの言葉にすぐに反応した。


「考えたさ、俺はスキルも魔法もない。何も持たない俺ができることは動くことだけだ! 誰よりもまずは動き出す……動かないと何も始まらない!」


 力強く答えソウタの目は、静かにソフィアの姿を映している。


 その目は鋭くソフィアを見つめ、ソウタの決意のようなものを感じたソフィアは、


 困りながら、手を顎に当てて考えていた。


 ソフィアがタジタジしていると、ソウタは頭を下げ、再度お願いをした。


「だから、お願いします!」


 ソフィアはソウタの気持ちを汲み取ったのか、


 突然動き出し、部屋の奥に消えた。


 持ってきたのは木で作られたバケツだった。


 ソフィアはバケツをソウタの前にドンっと置いた。


「……ったく! ……ほら」


「なんですか?」


 ソウタは膝をついて、


 目の前に置かれたバケツを手に取り、


 ソフィアの方を向いた。


 ソフィアは腕を組み、眉間にしわを寄せている。


 何かを言いたそうにソウタを見据えると、


 声を荒げながら話し始めた。


「水汲みだよ! それに、炊事に洗濯、家事、掃除! 私の身の回りの世話を全部頼むよ。お前さんに戦い方を教えるんだ、これぐらいはしてもらわないといけないね。それとも断るのかい?」


 ソウタの表情が次第に明るくなっていく。


 ソウタは勢いよく立ち上がり、満面な笑みを浮かべた。


「いや、やります。やらせてください! やったぁ! ありがとうソフィアさん!」


 ソウタは目の前に置かれたバケツを手に取った。


 ソフィアはやれやれといった表情を浮かべて、


 軽いため息をつきながら、


 両手を腰に当てた。


「まったく、ほら、早く支度しな! 教えてやるからついて来るんだよ」


 そういって、店の外にソフィアはゆっくりと出て行った。


「あぁ、ちょっと待ってよ! ソフィアさん」


「うぅん? ソウタ、ソフィアのばあさんどうなった?」


 神さまは眠りから覚め、寝ぼけながらソウタに現状を聞き出す。


「あぁ! 神さまやっと起きたのかよ、聞いてくれ! 俺ソフィアさんに戦いを教えてもらうことになったんだよ!」


 ソウタはバケツを持ちながら、


 ソフィアの後を追い、


 興奮気味に神さまに語った。


 外に出ると、周りの家の明かりはついてなく、


 頼りになるのは一定の距離を開けて光を放つ街灯のみ。


 ソフィアの歩く音はとても小さく、


 耳を澄まさないと聞こえないぐらいだ。


 ソウタはソフィアの歩く音を聞き分け、


 歩くスピードを速める。


「へぇ、あのソフィアのばあさんがねぇ。バケツを持ってどこに向かってるんだ?」


「さぁ、理由は分からないけど、ソフィアさんの身の回りを世話することになったんだよ」


「うぅん、強くなれる気配はするけど、ろくなことはなさそうだな……」


 神さまは一抹の不安を抱えながら、


 ソウタはソフィアの後を追い、ある場所にたどり着いた。


 ついてきた場所は、王国から少し離れた森の奥。


 目の前には小さい滝がゴォゴォと音を立てながら水しぶきを上げている。


 周りは果実を実らせた木や、蔓が目一杯に巻き付いた大きな木に囲まれ、


 夜ということもあるせいか、


 少し薄気味悪い雰囲気を出している。


 地面は土の部分と草が生い茂る部分が混ざり合い、


 ぬかるみに注意しないと足が持っていかれそうだ。


 危険を察知したのか、


 ソウタはソフィアを離れないよう、


 手で触れるぐらいの距離に体を寄せる。


 ソフィアは人が座れるぐらいの岩に杖を置き、


 岩に腰を掛ける。


「ここは【サイファンの森】と呼ばれてる、ガルディア王国領内にあるモンスターがうようよいる森だよ。モンスターの強さもお前さんには丁度いいだろ」


 ソフィアは不気味な笑みを浮かべながら語る。


 どうやら、すでに特訓は始まっているようだ。


 ソウタは周りを見渡し、


 嫌な雰囲気に、


 思わず唾を飲み込む。


「ソフィアさん、特訓ってもう始まってるの?」


 ソフィアは杖を持って、


 ソウタの頭を杖で軽くこづいた。


「なぁに甘えたこと言ってんだい! お前さんはこれから3か月、ここで私と生活するんだよ」


 ソウタはバケツを落とし、


 バケツがゴロゴロと転がる音が響く。


「「えぇ!」」


 ソウタと神さまは思わず声を揃えて驚く。


「何をいまさら怖気づいてんだい? 私が修行したときはここでずっと生活してたけどね」


 そういって、ソフィアは立ち上がり森の奥の方に歩いて行った。


「ちょ、ソフィアさんどこに行くの?」


「どこって、この先にある山小屋さ、お前さんはまず山小屋まで1人で来な」


 ソフィアは足を止めることなく、そのまま森の奥に姿を消した。


 しばらく静寂が続く。


 風で木が揺れ、


 その音はソウタにとっては不気味な音でしかなかった。


「山小屋って言ったって、いったいどこにあるんだよ」


「やっぱりろくなことにならなかったようだね」


 ソウタはその場でひどく落胆をした。


 ガサガサッ


 木の陰から何やら不穏な音が聞こえる。


「うおぉ! なんだ?」


 ソウタが音のする方を振り向くと、


 液状の物体が意思を持って動いている。


「こ、れはスライムって奴か?」


「そうみたいだね」


 ソウタはどうやらモンスターに遭遇したようだ。

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