Web小説界では日の目を見る機会の少ないミステリー。あってもライトな作風が多く、なかなか好みの作品が見つからない。もっと大人も楽しめるミステリーはないのか! とお悩みのミステリーファンの皆さま、ご安心ください。ここにあなたを満足させる、極上の珈琲のような味わい深いミステリーがあります。
冒頭。夏の情景描写から物語は始まります。風に混じる夏の匂いから若かりし頃を想起する主人公の探偵。まだ未来への可能性を信じ、人生が無限に開かれていたあの頃……。二度と戻らない夏に思いを馳せる主人公の姿がそこはかとない哀愁を漂わせ、その文体の豊かさから一気に作品への期待が高まります。
続く探偵事務所のシーンでは依頼人が登場し、探偵は調査を始めます。調査の過程では様々な人物が登場しますが、みな実にユニーク。会話はシニカルでウィットが利き、人物描写自体にも捻りがある。読んでいる側も口の片端を持ち上げて笑いたくなるような、コメディとは違う大人のユーモアが満載です。
そして肝心のミステリー。こちらも期待を裏切りません。探偵が調査を進めていくうちに事件が起こり、終盤では思いも寄らない真実が明らかになります。それでも徒に読者を煽らず、事実だけを淡々と書き連ねていく様はさすがハードボイルド作品といったところです。
Web小説界では希少な大人のためのミステリー。レイモンド・チャンドラーや村上春樹が好きならハマること間違いありません。
作品が纏う独特な空気感と、想像の余白を上手く活用した読後感が魅力的な一作です。
話の展開は王道でありながらも同時に意外性があり、古き良きミステリーを踏襲したものといえます。特に主人公のキャラクター像がいいアクセントになっていました。変にデフォルメした滅茶苦茶なキャラではなく、現実にいそうな変わり者の雰囲気が面白かったです。どこまでが本音で、どこからが冗談なのか。そんな登場人物同士の台詞のやり取りは、本作の醍醐味の一つといえるでしょう。
ライトな作品が流行りのweb小説では中々日の目を見るのは難しいですが、本作の完成度はユーザー評価以上だと思います。純文学やミステリー小説を好む方なら、まず読んで後悔はしないはず。埋もれた名作を探す人には、是非とも掘り当ててほしい一作です。事務所に舞い込んできたいつもと変わらない、取るに足らない案件。探偵は調査を進めるうちに、隠された過去へと行き着く。やがて、それは大勢の人物たちの素顔を暴くことに。すべてを知った末に、探偵の下した決断とは。
是非ともこの夏に読んでほしい、極上のミステリー小説です。