エピローグ

エピローグ

 校内が血と肉と臓物だらけになって一ヶ月後。

 自分でもびっくりするぐらい、世界は日常に戻っていた。


 あの事件は、爆弾魔の仕業になった。

 連日、ワイドショーでは再現ドラマを放映していた。そこに〈三角定規〉も居なければ、白の〝純白の深紅パラドックス・カーマイン〟も居ない。勿論、僕も。

 架空の犯人が架空の思想を爆弾に詰めて爆発させ、架空の身勝手な動機に対してコメンテーター共が架空の怒りを爆発させていた。滑稽にも程が在る。


 ただ、驚いた事が一つ。


 あの日、クラスメイトは全員死んだ。それだけではない。教職員だって全員死んだ。生きているのはゴリ崎ぐらいだ。それなのに、僕が教室に入ると初対面のクラスメイト達が旧知の仲のように接し、初対面の先生が僕の二年間に及ぶ素行を揶揄しながら出席を取り始めた。


 まるで、映画のセットのように無機質な高校生活。

 そろそろ、鯛焼き食い逃げする奴ぐらい出して欲しい。


「――驚いたろ。これが嘯樹の力だ」


 実習棟と教室棟の狭間にある、小さな中庭。

 鯛焼きではなくオハギ(ちゃんと購入した)を頬張り、天華は愉しげに語る。


「連中、〝夜〟の異常が〝昼〟に漏れ出るのを死ぬ程嫌う。だから必要に迫られれば、校内の人間を総取っ替えぐらい平気でする。逆に言えば、それだけやる連中が〝爆弾魔〟なんて苦しい言い訳を使ったんだ。今回の件、どれだけ規模がデカいか分かったろ?」

「お陰で文化祭は中止になりそうだ。精々、嘯樹だけには喧嘩を売らないようにするよ」


 喧嘩にすら、ならなそうだけれど。


 嘯樹グループ。

 戦前から存在する旧財閥系企業。その影響力は絶大で、僕の部屋の中で嘯樹の関わっていない物を探す方が難しい。身近な所では、インターネットプロバイダー。喧嘩を売るという事は、インターネットが使えなくなるのと同義だ。とても困る。


「マジで気を付けろ。嘯樹の一族は、何処の世界でも大抵ヤバくてイカれている。規模はワーズワースより小さいとは云え、連中に比肩するレベルで危険な存在だ」

「ワーズワースと同じって、そいつらもまた呪われているのか?」

「呪われているっていうか、呪ったんだよ。馬鹿な小娘の馬鹿な願いを叶える為にな」

「皆、気楽に呪うよな」


 何か大切な願いを叶える為に。

 周囲を巻き込んで一族を不幸のどん底へ叩き込んでさえ、叶えたい願い。当事者達にとってそれは傍迷惑以外の何物でもないけれど、部外者である僕にはそれがとても純粋な願いに思えた。


「呪いだってのは、大抵後から分かるモノさ。何せ、呪詛と祝詞は表裏一体だからな。きっとお前も、自分でも気付かず呪ってるぜ」

「僕が呪われてるのは、精々エヴァぐらいだと思うよ」


 僕というか、僕らというか。

 天華は「ふーん」とおざなりに相槌を打って、オハギをペロリと平らげる。


「オハギ喰う?」

「要らない。僕はオハギが嫌いなんだ。なんというか、ご飯の上にアンコを載せて食べてる感じがね」

「旨いのに。お前、変なところ神経質だよな」

「それより何で、中庭ここなんだ? もっとマシな所があったろうに」

「特に意味はねぇが・・・・・・まあ、全てが始まった場所だから、かね」


 ほいっと、天華は僕に向けて放り投げる。

 空中でキャッチしたそれは、あの日天華に貸した僕のジッポーだった。


「すまん。それ、借りっぱなしにしちまった」

「別に構わないよ。僕も貸しっぱなしだった事を忘れていた」


 リン、と蓋を弾いてホイールを擦る。

 オイルが尽き掛けているのだろう。弱々しい炎が、ゆらゆらと踊っていた。


「よーし、これで今度こそ貸し借りはナシだ。世界そこら中に貸しを作っておくと面倒だからな。次に訪れると百年後とかで、利息が大変な事になっちまう」

「それは大変だ。僕も肝に銘じておくよ」


 カチン、と蓋を閉じる。


「何でだよ?」

「え? そりゃあ、今から僕も界間旅行者わたるものってのになるからだろう。君の眷属になって」

「あ――――――ん・・・・・・?」


 天華は首を九十度傾けて、僕の姿を矯めつ眇めつ観察する。

 それから納得したと云わんばかりに、ぽんと手を打った。


「それでお前、デカいリュックサック持ってるのか。オレはてっきり、コミケかワンフェスにでも行くのかと思ってたぜ」

「どっちもまだ先だ」

「だからおかしいなって思っていたんだよ。そうか、オレの眷属になって界間旅行者わたるものねぇ――――」


 一拍間を置き、天華は僕を見る。

 拒絶するような、鋭い視線だった。


「駄目だ」

「え、でも・・・・・・」

「でも、じゃねぇ。オレはお前を眷属にする事はない。界間旅行者わたるものになりたきゃ勝手になれ」

「好きに生きろって言ったじゃないか。僕はもう、〝昼〟の世界では生きられない。それなら、お前と一緒に――」

「舐めんな。〝昼〟で生きられねぇ奴が、〝夜〟で生きられる訳ねぇだろう」

「そりゃあまあ、そうだけれど・・・・・・」

「そもそもお前は、〝昼〟とか〝夜〟以前なんだよ」


 後頭部を掻きむしり、天華は言った。


「お前はさ、垣間見ただけだ。当事者じゃねぇ。こっちの碌でもない事情に巻き込んだのは悪かったが、それを理由に無理して〝夜〟に這入り込む必要はねぇんだよ」


 それによ、と天華は僕の肩を叩く。

 細く、ひやりとした小さな掌が、僕の何かをひっそりと冷やしていった。


「眷属じゃあ、友達にはなれねぇだろう?」

「友達・・・・・・」

「お前、居ないだろう? 友達。だからオレが最初の友達だ」


 それにさ、と天華は眼を細める。

 悪戯っぽい、(見た目的に)年相応な表情だった。


「オレが居なくなるからって、寂しがるなよ」

「別に――――そんなんじゃ、ねぇよ」


 断言出来る。有り得ない。


 コイツと来たら、いきなり僕を新伝綺みたいな世界に放り込んで勝手に暴れ回った挙げ句、そうやって勝手に終わらせてどっかに行ってしまう。


 寂しくなんかない。

 むしろ清々する。


「・・・・・・ただの人間に、飽きただけだ」

「ただの人間ってのは、存外良いモノだぜ。お前が思っている以上にな」

「吸血鬼に言われてもな」


 二人で笑い合う。

 笑い合う僕らの間には、決して埋まらない深い溝があった。


「じゃあ、そろそろ行くぜ。次に会う時までに、一人ぐらい友達を作っていろよ」

「友達ぐらい、簡単に作れるさ」


 君に振り回されるより、ずっと楽だ。


「またな」

「息災で」


 ケースを背負い、天華は踵を返す。

 彼女の白い髪が、手を振るように左右に揺れた。


 もう、振り返らない。

 僕も、呼び止めない。


 別の世界に行ったら、彼女はきっと僕の事を忘れるだろう。


 しかし、僕は忘れない。

 忘れられる訳がない。


 じんわりと、握ったジッポーが熱を帯びていた。

 これが冷たくなるのは、もう少しのこと先だろう。






               Cannibalism Carnival is the END !!











※拙作『あるオッサンの回顧録~自称吸血鬼の女の子に火を貸したら、お礼に鉄パイプを貰ったのだが~』はこれにて完結致します。感想などお寄せ頂ければ幸いです。


尚、この少年の二十年後の活躍は、AmazonKindleにて発売中の『盤根錯節のキュイジーヌ』シリーズにて語られております。宜しければご覧下さい。


あとがき

https://kakuyomu.jp/users/riki3710/news/16818093088532264408


作品まとめ倉庫

https://kakuyomu.jp/works/16818023212501567659

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あるオッサンの回顧録~自称吸血鬼の女の子に火を貸したら、お礼に鉄パイプを貰ったのだが~ 湊利記 @riki3710

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