第6話 その6


「衣都さん……」


「ごめんなさい美生さん。私もあなたと同じように、自分の「餌」を見つけるとこうせずにはいられないの」


「な……ぜ」


 苦しむ間もなく息絶えむくろとなった美生を見下ろし、わたしがナイフの血を拭きとると歩鷹が「あ……あ」と恐怖の声を上げ後ずさった。


 ――もしかしたらこの子は自分を救った恩人に生涯、怯え続けるのかもしれない。しかし、それはそれで別に構わないのだ。


 わたしはナイフをホルダーに収めると、「わあーっ」という声と共に走り去った歩鷹の背を自分とは無関係な生き物のように見つめた。


「さあ、また次の「餌」を探しに行かなくちゃ」


 わたしがもの言わぬ美生をその場に残し、遊歩道から離れようとしたその時だった。


「ここまでだ」


 低い声がすぐ近くで聞こえたかと思うと、黒いマスクと帽子の間から『もうきんの目』を覗かせた男がわたしの前に立っていた。


「あ……」


「虫を食べを終えて満たされたところを気の毒だが、今度はお前が私に「捕食」される。覚悟するがいい」


 男はそう言うと美生の傍らに屈みこみ、手袋を脱がせ始めた。男は美生の手袋を自分の両手にはめると、わたしの首に両手をかけた。


「新芽を食べる「虫」を捕食する蜘蛛よ。この町でのお前の仕事は終わった。安心して私に食べられるがいい」


 男の言葉は『もうきんの目』と同様に、わたしの脳を痺れさせる力があった。わたしはわたしを捕食するものに捕えられると身動きがままならなくなるのだ。


「ううっ……」


 首にかかった両手に力が加わると、わたしの首の骨がみしみしとたわんだ。


 ――「虫」が蜘蛛であるわたしに食べられることに意味がないように、わたしが見知らぬ男に捕食されることにもまた、意味はない。わたしたちは「そういうもの」としてこの世に生まれてきたのだ。


「悪く思うな」


 わたしの気道が塞がり、顔がみるみる膨れ上がるのがわかった。わたしを締めあげる男の目に憎しみはなく、わたしもまた誰かを憎んだりはしなかった。


 ――さよ……なら


 ふいにわたしの目に、近くの枝に張られた蜘蛛の巣が映った。わたしは糸が含んだ朝露のしずくにふと、捕食を終えて満たされた自分の姿を見たように思った。


                (了)

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まちぶせ 五速 梁 @run_doc

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