第7話 賢竜ウラドキア
五つの古代竜。
私は、学校の図書館で調べものをした。教員の特権は、何時でも、何時までも、この図書館を利用できるところだ。それを最大限活かすしかない。
古い詩以外に、賢竜ウラドキアについては、いくつかの記述がある。
学生の頃、そのすべてを読んだつもりだったが、何か見落としていないか、一から読み直した。
たいした数ではない。二十冊程度しか資料はない。
ウラドキアは、ここより北の地、ハイマウンテンと呼ばれる山岳地帯を超え、ホワイトボーンという普通の生き物では近づけない場所にいる。
ここが聖域化されていると発見された最初の記録は八百年ほど前だ。
以来、誰もたどり着いていない。
だが、実はそのホワイトボーンの近くには、山岳民族が棲む場所がある。ここの民族の伝承に、巫女が賢竜と問答をしたというものがある。この「白き竜」に人語を教えたとも言われている。
このことから、賢竜と呼ばれ、この記述から別名「白銀竜」とも呼ばれることになった。
他の古代竜同様、この賢竜が自身の聖域から出ることはない。
例外として古代竜の中で、自身の聖域から出たことが確認されたのは、烈竜イ・ドゥだけだ。基本的に古代竜は、聖域を守り続けている。
烈竜が巣から出たのは、既に百年ほど昔だ。空を飛んでいたのを目撃されている。
古代竜に挑んだ冒険者たちも帰ってきたことがないため、どのような攻撃をするのか、実体験の記録がない。推測で学者が、白銀がスノウブレスや、アイスガードなどをすると書いているが、それは、単純に雪国に棲むホワイトドラゴンの習性を言ってるに過ぎない。
白銀竜が、ホワイトドラゴンと同じ習性を持っているのか、そもそも同じ種族なのかも、分かっていない。ホワイトドラゴンであれば、倒したものがいる。倒せない相手ではない。珍しい相手とは言えないだろう。
この古代竜が多くの研究者を惹きつける最大の魅力は、人語を解する点だ。
この世界には人類と魔族以外に、自ら人語を使うとされる生き物がいない。
古代竜といえども野生動物だ。
それが人の言葉を知るという、この興味深い点が、多くの研究者を惹きつけるのだ。
他の竜も、実は人語を理解している可能性がないわけではない。
だが、誰も真相はしらない。
少なくとも、賢竜には、地元の民族が、人語を教えたという話があるくらいなので、信憑性は高いだろう。
リコランデがどういうルートを通るつもりなのか分からないが、ハイマウンテンもホワイトボーンも、中央連峰北端の街であり登山装備が必要になる。
そこまで行く方法は、何通りもある。
帝都に流れる大河川沿いに北上し、そこからハイマウンテン経由で行く方法が楽な方法ではあるが、川船に乗るため路銀が必要だ。
一度海に出て北側から目指すルートは登山ルートが短く済むが、こちらも船に乗るため、リコランデは選ばないだろう。
となれば、東にあるトッセの街を目指し、そこから山沿いに北上して中央連峰を南端から北端に縦走していく形になる。
このトッセまでは帝国街道が整備されており、旅程は一日ほどだ。
朝に出発すれば、夕方には着く。
仮に野宿をするとしても帝国街道沿いなので、危険は少ない。
まあ、どのルートで行くにしても、近隣の街は近い。リコランデと相談しながら行くか……。
◇
出発の日の朝。
「リコランデ。その荷物は……」
リコランデが背負っている荷物の巨大さに呆れた。
「……何日分の荷物かね?」
「五日分です」
「五日……まてまて。次の街まで五日もかけるつもりか? どこへ連れていくつもりだ?」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと寄り道をします」
「どこへ寄るつもりだ? 五日は、徒歩旅程の限界だぞ。分かっているだろな? 保存食を中心にし、途中で野生生物などを捕まえるようにしたほうが良い」
「そのつもりです」
リコランデは平気な顔をしている。
旅程限界とは、街に寄らずに、所持品だけで行ける日数を指す。
それ以上は、現地調達しながら、帰りのことも考えなくてはならない。
そもそも最初の五日、どの街にも立ち寄らないルートは、ハイマウンテン方面へのルートにはない。どこをどう通っても、翌日には街が出現する。
まさかと思うが、宿を使わないつもりか?勇者学校の学生証は、無料で宿に泊まることができるというのに。
街が出現しないとしたら南西に下る、真反対ルートくらいだ。海沿いの道には宿泊施設の許可が下りていないので、ずっと野宿を強いられる。
だが、それは賢竜のルートではない。神域と呼ばれる、この国最大の宗教的な森に向かうルートだ。
「まさか真逆の神都セイにでも行くつもりか?」
「おお。さすが先生。分かっちゃうもんですねー」
え? 嫌味のつもりだったのに? 神都セイとは、ここから南西にある、大聖堂のある街だ。それに、私の知り合いの生まれた街でもある。
「なんで、そんな場所に?」
「装備を整えます。私の実家……というか、叔父がいるんです」
気が進まない。
それならその装備を予め学校に送ってもらえばいいのに。
「そんな顔をしないでください。ちょっと寄るだけですから。まだ三年もありますし。ね?」
確かに、これからセイ神殿へ行って再び帝都に戻って二週間程度を無駄にしたとしても、大したロスではない。
が、気持ちが賢竜に向いていた私は、昨晩のワクワク感を返してもらいたいとさえ思った。
「五日間の食糧が入っているとはいっても、その量は多すぎるだろ?」
「ああ、これ? 先生の分も入っていますからね!」
なんと。
パーティーメンバーの食糧を計算するのはリーダーの役目だ。
ラグランジュはしなかったが、ミディアがそれをしていたのを思い出した。
何も言わずに、それをしていたというのか。
「私の分は、私が持つ。貸しなさい」
リコランデの荷物を降ろさせ、中身のうち、食糧だけを移し替えた。
「でも、パーティーの面倒を見なきゃいけないのは、リーダーの役目では?」
「リーダーに全てを背負わせないのが、パーティーメンバーの役目です。それに、私はあなたに雇われたのではなく、同行者です」
リコランデは唇を尖らせて、私が背嚢の中をまさぐるのを見ている。
気に入らないのだろう。
「それと、リコランデ」
「あ、私のことはリコって呼んでいいです」
「リコランデ。私を旅の同行者と思うのであれば、私に相談をしなさい」
「え? いいんですか? 先生」
「もちろんだ。生徒の判断が優先されるとはいえ、相談をする分には問題はない」
今度はぱぁっと明るくなった顔になる。
分かりやすい子だ。
なるほど。この旅は、生徒のものである。それは学校は徹底している。担当教官は、補助こそすれども、教官が何かを決めたりはしない。それが建前上の担当教官の規則だ。もっとも、裏では手をまわしているが。
「じゃあ、行こう! 先生!」
「ああ。まずは……セイの神殿か」
リコランデは背嚢を背負い直して、南に向かった。
その後ろをついていく。
多くのパーティーが帝都の門をくぐっていくが、二人きりなのは我々だけだ。
セイか……。決して足取りが軽い旅とはいえない。
セイ出身の魔法剣士のことを思い浮かべてしまう。
ふと二十年、籠り続けた学校を振り返った。
二十年。長かったな。
校長が言う通り、私は向き合うのかもしれない。
この旅が、生徒たちにとっての壮大なる卒業式と同時に、社会への入学式であるのと同じように、私にとっても新たな一歩になることだろう。
★★★ 作者より ★★★
お付き合いくださりありがとうございますー!
先週末にイベントをクリアいたしましたので、一旦、更新をここまでにいたしますー!
話は30話10万字まで用意できているのですが、とにかくなかなか終わらない話でして…。二人の運命やいかにというところですが、またどこかで上手に発表できればいいなと思っています。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
続きが気になるようでしたら、作品のフォローをしていただけますと幸いです。
どこかのタイミングで急に再開いたしますー! その時までお待ちくださいませー!
次の更新予定
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【新連載】勇者学校の卒業試験 ~不出来の生徒が古代竜討伐に挑む! ……けど先生、蘇生する気ないからね?~ 玄納守 @kuronosu13
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