第6話 死神
「で、どの古代竜に会いに行くつもりだい?」
私の許しが信じられないのか、怪訝な顔をいつまでもリコランデは浮かべている。
「出立まで時間がないぞ。旅の支度を整えないといけないだろ? 自分で考えるんだ。卒業試験中の宿は学校の学生証で無料で泊まれるとはいえ、宿がない場所にもいくし、食事は全部自前で用意しないといけないんだ。それに、私はリコランデと同行するが、冒険者ではない。あくまでも補助だ。そこは勘違いしてはいけないぞ?」
きょとんとした顔でリコランデは私を見ている。
「要するに、早く旅の準備をしろということだ。どこでもついて行くぞ」
さっきまで泣きそうな顔だったのに、急にぱぁっと笑顔になる。
本当に、こいつときたら。
また飛び跳ねそうな勢いなのを先に手で押さえる。
「うん。先生も準備してね! 賢竜ウラドキアに会いに行くんだから!」
そう言い残して、リコランデは手を振って職員室を出て行った。
私は釣られて手を振ったが……そのまま固まってしまった。
……マジか。
ウラドキアかよ。
なんだって、無謀な奴は、いつもウラドキアに遭いたがるんだ。
「モーリ先生。リコランデはもう出て行きましたよ」
ミルル先生が声をかけてくる。
私は閉じられた職員室の扉を眺めたまま、手を振り続けていたらしい。
「どうするつもりですかな? モーリ先生」
ドワーフ特有の低い声でゴッフル先生が心配そうに尋ねてきて、ようやく正気に戻った。
「いや、どうするもこうするも、卒業試験の選択権は、生徒側にあるものですから」
私はメガネをかけ直した。
「確かにそうですな。だが、何も得られずにただ単に卒業を諦めさせるような選択をさせては、生徒の将来にもよくないですぞ?」
ゴッフル先生は、私の心の内を見透かしたように言う。
「ましてや、何の計画もなく無謀な挑戦をさせるとなれば、担当教官としての評価はできぬでしょうなぁ。計画もしっかりと立てさせることが、担当教官の役目です」
「分かっています」
「あら、ゴッフル先生。彼なら大丈夫ですよ。彼も学生時代の卒業試験の時は、賢竜を選択した子ですから」
グロッシ校長が割って入ってきた。
選んだのは私ではない。私は……むしろ止めたほうだ。
「ほう? では、二十数年前にSを選んだパーティーというのは」
「ええ。モーリ先生のパーティです。あのラグランジュのパーティですよ」
グロッシ校長の前で舌打ちは回避したものの、心の中では毒づいた。
私の人生の汚点。
それはラグランジュとともに卒業試験を受けたことだ。
「あの『死神』の?」
ゴッフル先生が、いつもは眉の下に隠れている眼球を、飛びださんばかりに見開いて驚いている。
死神か。
ラグランジュは、そう呼ばれていた。
幾度もパーティーを変え、何度も魔王軍の砦を攻め、ついに最後は七魔将軍の一人を打倒した英雄資格者だ。
しかし、その後、学校に報告することもなく、行方知れずになった。
相棒のシェリー・ミディアと共に。
「私は、あいつのパーティーを外されたダメ組ですよ。それも二度も外されたんですから」
「いや……待ちたまえ。ならば、生存者は君だけか?」
「……ええ。まあ」
ラグランジュのパーティーにいたものは、全員死んだ。目的が達成されるまで、何回もラグランジュはパーティーを変えた。そして多くのものが、ラグランジュのパーティーに入りたがった。
熱狂とも言える。
それくらい、ラグランジュには眩しいほどの人望があった。探索に挑む都度、犠牲者を出し、それでもまだ諦めなかった。
私は、初回と七回目のメンバーだ。
そのどちらも、ラグランジュによって、最終的に外された過去がある。
理由は、使えなかったからだろう。今でも外された理由はわからない。
恐らくは、私の蘇生術の秘密を知ったせいだろうと思う。
だから特に恨んでもいない。当然のことだ。
そして、彼らは見事に本懐を果たし、そして帰ってこなかった。
二十年以上前の話だ。蘇生した者も、もう生きていない。ラグランジュは行方不明ではなく、死んでいる。間違いない。
私が殺したんだから。
ラグランジュだけではない。
その右腕と言われたシェリー・ミディアも。
当時最高の頭脳を誇っていたガリア・リュードも。
乱暴者だったが気のいいサックス・ゾディも、盗賊スキルを究めようとしていたジル・ケルナも。
同じ禁忌魔法を研究していたソニア・ハーディスも。
ラグランジュたちの担当教官をしていたシリング先生ですらも。みんな。
彼のパーティーに入った十数名が、命を落とした。
みんな、私が殺したようなものだ。
私がラグランジュを追い詰めたに違いない。
死神は私の方だ。おめおめと生き残ったのだ。
「不屈の英雄、ラグランジュのパーティーメンバーだったというのなら、卒試はお手の物だろう。心配は不要だったな」
「いや、かれこれ二十数年前の話です。それからはずっと私は冒険には出ていませんから。お手柔らかに」
買いかぶられても困る。
それに不屈だったのはラグランジュではない。
いつか訂正しなくてはいけない。
あの旅のリーダーはラグランジュだったが、ラグランジュは勇者には程遠い男だ。
それよりもミディアのほうが、ラグランジュよりも不屈だった。
ラグランジュは彼女に動かされていたようなものだ。
「ですが、賢竜を臨むとあらば、リコランデには、相応の準備が必要でしょうな。まあ、担当教官としては、十分な準備を見届けるだけかもしれませんが」
リコランデがどこで諦めるか。
実力の違いをどこで知るか。
ラグランジュの旅よりも、きっと簡単な旅になるだろう。
私のぎこちない笑顔でも、校長たちを安心させるには十分らしい。
職員室は、大きな難問を一つ解決したとばかりに、銘々の持ち場に戻った。
……賢竜か。
ため息が出た。
よりにもよって……か。
賢竜は私の研究対象でもあった。もしも私が冒険者ではなく、研究者としての道を歩んでいたら、賢竜を研究していたことだろう。
そして、その姿を一度みたいと、あの山を登ったに違いない。
もはやかなわぬ夢と思っていたが、よりにもよって、リコランデがそれを選ぶとは。
もう一度ため息をつくと、対面に座るミルル先生が心配そうに私の顔を覗き込もうとした。弱気を悟られてはと仕事に戻った。
卒業試験の開始は一週間後だ。
それまでに、学校ですべき仕事は終わらせ、長期離脱の準備が必要だ。
幸か不幸か、他種族言語を教える教師は私だけだ。
元々、人気のないカリキュラムだ。最大三年間休講とするしかない。
三年……。
若しくは数日。
落差がでかいが、未来はいつも読めない。
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