はらから 🧩

上月くるを

はらから 🧩





 いま、この瞬間にこそ話をしたい人……あの方、この方、あの方、この方 etc.

 お顔もお声も存じ上げないけれど、互いの文を通じて深くつながり合った方々。


 相変わらずお独りさま客のヨウコさんは、文庫本から目を上げ、店内を眺める。

 70デシベルがもっとも集中できる騒音というが、ちょうどそんな感じだろうか。


 平日の午前中、どこからともなく集まって来て、同じ空間を共有する老若男女。

 一見、ladies and gentlemen 風だが、かげでエゲツナイこと、してはいまいね。


 


      📚




 コロナ以降、自宅とカフェで読む本を分けているのは消毒の手間を惜しんでだが、これがなかなかクセモノで、ふたつの世界が脳内や胸のなかに同居することになる。


 たとえば家では海外の紛争地で捕われたフリージャーナリストのノンフィクションを読み、カフェではその彼とほぼ同年代の女性作家によるごく日常的な小説を読む。


 かたや暴力&殺戮さつりくが当たり前の世界、かたや、登場人物のほとんどが善人の世界。

 振幅の大きい振子は危うくバランスを保ちながらかつえ、強くウェットを希求する。




      🪟




 ついさっきスタッフと交わした会話も、けっこうな負荷で、ずしんと来ている。

 ヨウコさんを含む人間の醜悪を見せつけられたかのような回転ずし事件の余波。


「お砂糖はお使いですか?」「いえ……ねえ、どうして急に訊くようになったの?」

「置いておけなくなったものですから、シュガーポット」視線が卓の奥に注がれる。


 海外で捕われたジャーナリストは、自分の身の危険より留守家族へのバッシングが最も辛かったというが、ここの客も匿名性の卑劣を甘受したりしていないだろうね。


 


      🪑




 件のジャーナリストに近い人から聞いた話によると、ようやく解放された彼が帰国したとき、元の職場の幹部たちは安堵どころか「当県の恥」とまで言い捨てたとか。


 辞めた人間に冷たいのは社会の常かも知れないが、かりにもオピニオンリーダーを標榜する以上、もう少しふところの深さを見せてもよかったのではなかったか。('_')


 もしここに列島内外にお住まいのネット同胞のあの方この方がいてくださったら、匿名の誹謗中傷の卑劣ともども、みなさん、眸を潤ませて共鳴してくださるだろう。


 前半生にいろいろなことがあり、自身の幸せ云々から遠くなっているヨウコさんがたまらなく人恋しくなるのはこんなときで、未見の方々にふっと寄り添いたくなる。




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