神様のおつかい~猫神様ご用はなあに?

睦月 龍

第1話 俺たちが人間界に?

神様の世界に朝がきた。「ごぉーっ」と金の龍の鳴き声がしてカツカツと私アマテラスオオミカミは今日もしっかりと身なりを正し神殿へと仕事に向かう。神殿の玉座に座り仲間の神達を待つ。

「おはよう、アマテラスオオミカミ殿。」

線の細い声で神殿に最初に現れたのはトヨウケビメ。腰まで伸びた髪を一つに結び、桃色の唐絹を身にまとっている。彼女は家内安全の神様。五穀豊穣の神様でもある。

「おはよう、トヨウケビメ。」

私は彼女に挨拶を交わし、帳面をぱらぱらとめくっていた。

「して、今日の会議とはどのようなことじゃ?」

トヨウケビメは、私の右側の椅子に座りながら尋ねてきた。

「うむ、猫神達のことなんだがな。まあ、皆が集まるまでしばし待ってくれ。」

「分かりました。」

ニコニコしながら、トヨウケビメはしばし深呼吸をしていた。

「おはようございます、お二方。」

舐めるような話し方でツクヨミが入ってきた。私とトヨウケビメは、このツクヨミが少し苦手なのだ。ツクヨミは理屈をごねて、会議を開いたとしても中々決議するまでが大変なのだ。ツクヨミはゆっくりとした動作で私の左側に座った。

「おはようございます、ツクヨミ殿。」

ツクヨミは小さく頷くと、

「今日はどのようなことで会議を開くのですか?また下界のことじゃないでしょうね?」

と皮肉を並べた。口の端を片方だけ上げて、歪ませ私を横目で見ていた。ツクヨミは、切れ長の細い目、面長の顔、ヒョロヒョロとした体型をしている。

「お前もまず待て。皆が集まってから会議の内容を……。」

「おっはようございまーす!」

ウカノミタノカミが陽気に神殿に入ってきた。神様界の陽気なラテン系神様。メキシコという下界の国に陽気な国がある。そこに居る人間達に似ているのだ。「おはようございます、皆様方。」

最後に入ってきたのは、ヤゴコロオモイカネノミコトだ。元服を着て杓を両手で持ちながら靴を履いてゆっくりと上品に歩いてくる。そして、ゆっくりと椅子を引きふうと、静かに息を吐いた。皆が、そろった所で私は立ち上り玉座から降りた。

「さて、皆のもの、本日は下界と我が猫神たちの件で話がしたい。」

ツクヨミが、眉間にしわを寄せてあからさまに天を仰ぎ見てため息をついていた。またか、と言わんばかりに。

「また、ですか。姉上。その話は、以前話し合いをしたではないですか。」

私は咳払いして、ツクヨミの方を見た。

「いや、今回は決議をする。結論から言おう。猫神達を下界に修行に出させるのだ。」

周りの神たちは、少しどよめいた。

「それは……、いつまでですか?」

トヨウケビメは、少し困った様な首をかしげて声を震わせた。

「来年の桃の花が咲いた頃までじゃ。」

私は平然と答えた。

「そんな長く?」

ウカノミタノカミが、目を丸くさせて呟いた。

「待て、ハルノスケは神官になる修行が……。」

ヤゴコロオモイカネノミコトは控えめに私に抗議してきた。

「下界の人間達に寄り添い助けを差しのべるのも修行のうちよ。他に質問のある者はいるか?」

むぅっと唸って、ツクヨミが手を挙げた。

「姉上、猫神達はだらけているのではない。」

「では、何故近頃猫神達は寝坊を繰り返し、書物も読まず、勉学に励む訳でもなく、掃除もしないのだ?」

「姉上がご覧になった時だけでしょう。」

ぐっと堪えて、奥歯を噛み締めた。ウカノミタノカミが、挙手をしていたので、指名した。

「いいかい、猫神たちは私たちの助手みたいな存在だ。これ以上何を望むのだ?彼らはあくまで猫なんだぞ?」

私は、咳払いして口を開いた。

「それは十分理解しております。ですが……先ほども申しあげた通り猫神達は朝にちゃんと起きてきもせず、自分の仕事を怠っている。そこでだ、そんな彼らを人間界に送り込みたい。」

落ち着いて、説得した。皆はまた沈黙してしまった。

「しかし、そしたら私たちの仕事は山積みで一向に片付かないではないか。」

ウカノミタノカミが、口を尖らせて異議を唱えた。

「しかし、いずれは彼らも我らと同じ神になるのだぞ。修行は必要ではないだろうか。」

ヤゴコロオモイカネノミコトが、私に同感してくれたのか肯定的な意見をしてくれた。

「フウタロウが居ないと私の部屋の家事が……。」

と、トヨウケビメが控えめに反論してくる。

皆の視線は、トヨウケビメに集中した。

「お主、フウタロウに家事をやらせておるのか。」

ツクヨミがギロリとトヨウケビメを睨み付けた。

「すみません……。」

トヨウケビメは、蚊の鳴く様なか細い声で肩をすくませて、俯いた。彼女は、天界の職務が忙しく家事をする時間もない。フウタロウは、気遣いが出来る猫神なのでトヨウケビメを支えていたのだった。私に相談をしに来ていたこともあった。フウタロウには悪いことをしている、自分が悪いんだ、と。私は、妹の様にトヨウケビメに接していたため、彼女が大変な時は手伝っていたのだった。まだ齢250歳の神だ。まだまだ職務も増えていく。その神官のノウハウを教えていたのだった。彼女は、一生懸命ついてきている。私がキツいことを言っても、はい、はいと頑張ってメモを取り、寝る間も惜しんで勉学し、復習を怠らなかった。だから、彼女にとってフウタロウはパートナーそのものであり、フウタロウもトヨウケビメに慕っていたのだ。

「情けないというか、だらしないというか。そなたは猫神を小間使いか何かと勘違いしている様じゃな。」

ツクヨミがねちっこい声で、トヨウケビメを攻撃する。

「ち、違います。そんな風には思ってません!決してフウタロウは……。」

「パートナーだろ?」

歯がゆい気持ちになり、私はトヨウケビメに助け船を出した。

「そうです、私にとってフウタロウはパートナーです。」

ふんっとツクヨミは面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「女子を泣かせる様な奴は嫌いだな、ツクヨミ。彼女はまだ250歳の神官。それが?500歳にもなるお主がいびることをしてもいいのかねぇ。」

ウカノミタノカミが、普段は陽気でフランクだが、弱いものいじめをする者は許さないと言わんばかりにまくし立てた。ヤゴコロオモイカネノミコトは呆れた表情をしてツクヨミを見ていた。はぁーとツクヨミは長いため息をついて、「それは失礼しました。ご無礼をお許しください。」

と事務的にトヨウケビメに謝罪した。ツクヨミが私の方を見て口を開いた。

「大神様、して、いつ猫神たち向かわせるのですか?ご予定は?」

「私として満月の夜、子刻の時に下界に行かせようと思う。そして、これがその下界の人間リストだ。」

私は左手からぽうっと巻物を出現させ、机上に広げると全員前のめりになり巻物に釘付けになった。

「何だかクセモノ揃いだね。」

「ハルノスケとロビンコが一緒なのか……。」

ヤゴコロとウカノミタノカミが互いに顔を合わせ不安の色を見せた。

「何を心配している。適任ではなかろうか」

ツクヨミが、面白くなさそうに目を細めた。

「だが……」

ヤゴコロは、目に不安の色が宿っていた。ヤゴコロは、ハルノスケを神官に推薦している為、色々と不安なのだろう。

「それでは、持ち場に行ってもらう。今日もよろしく!」

皆、それぞれの場所に散らばった。

「あの……。オオミカミ様」

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