楕円の彼方へ

そうざ

Beyond the Ellipse

 故郷を発つ際に託された10個のプレゼントと手紙は、今もボクの元にある。

 これを受け取る相手なんて本当に存在するのだろうか。

 こんなものは、ボクが正気で居られるようにでっち上げた、仮初めの使命に過ぎないのではないか。何度、破棄の誘惑に駆られたか分からない。

 でも、為すべき何かがなかったら、恒常性を保つ事は困難なのだろう。ボクは今でも手紙を後生大事にしている。


              ◇


 彗星に出会えたのは嬉しかった。

 単なる泥団子にこんな感慨をいだくだなんて、我ながら可笑しかった。ボクは正気を失っているのかも知れない。

 彗星は極端な楕円軌道を描いているようだ。再会はいつになるだろう。それとも、もう叶わないのだろうか。


              ◇

 

 宇宙にも果てがある。具体的に確認が出来ないだけで、それは確実にある。

 確実に存在する果てを目指す旅ならば、まだ良い。ボクの旅はどうしようもなく当て所ない。

 日数カウンターはもう計測可能値を超えてしまった。そもそも、日付けなんてとっくに何の意味もない数字の羅列になっていたのだ。

 故郷ではボクの何倍もの歳月が流れている。ともがらの存続を祈るばかりだ。


              ◇


 それは、まだ行く手に星虹スターボウが見え、その向こう側まで見えていた時期に起きた。

 銀河から銀河へ、やがてその中の小さな惑星系に差し掛かった時だった。

 不意に体躯からだが揺れた。

 立て続けに揺れた。

 やがて一際激しく揺れた瞬間、姿勢の制御が利かなくなった。

 核燃料が大量に放出され、星間物質帯電膜に亀裂が入り、エンジン系統に致命的ダメージを負ってしまった。

 自分が無数の塵や氷が漂う煩雑な空間に迷い込んでいたと知った時には、もう後の祭りだった。

 予定進路が完全に狂った。


 何故、綺麗さっぱり大破しなかったのか。

 何故、恒常性維持に必要なシステムは無事だったのか。

 何故、希望のない歳月だけが残されたのか。

 輩が信じて疑わない神という奴を引っ張り出して文句を言いたいところだ。


              ◇


 ボクの移動速度は最早、亜光速の5分の1まで減速している。

 いつしか恒星の引力に捕えられ、巨大な楕円を描きながら彗星のように回り続けるだけの日々。

 救助信号を送り続けて久しい。

 ボクは出鱈目に、恥も外聞もなく、四方八方へと叫び続けた。

 信号が故郷まで届くのにどれだけの時間を要し、そこから救助が出発して到着するまでにどれだけの時間が掛かるのか、ボクにはもうそれを計算する気力はなかった。










 ……~*.。.:*・゚*.:*・゚~*.。.:*・゚*.:*・゚~*.。.:*・゚*.:*・゚……



 ――電波を感知。


 ――周波数982.003MHz。


 ――一定周期を保持。


 ――判定アルゴリズム作動。


 ――発信源……同星系第三番惑星。



 停止していた時間が動き始めた。

 凍り付いていた永遠がその意義を否定した。


 発信源のぬしに1から10までの数字を贈ろう。

 輩のDNA二重螺旋構造を書き記した手紙を贈ろう。


 どうしようもなかったボクの旅が今、終わろうとしている。

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