第2話 身代わり猫

 むかし、むかしのお話です。駿河の殿様が戦に破れて、西から三河の殿様が、東からは甲斐の殿様が攻めてきた。


 大きな川を挟んで、三河の殿様と、甲斐の殿様は睨み合った。

 三河の殿様は、川の目の前、濱松にお城を築いた。

 ある日、三河のお殿様は領内の見回りに出掛けた。しかし、運が悪いことに、甲斐の騎馬武者に見つかってしまった。三河の殿様は、お馬に乗って必死に逃げた。


 日も暮れ始め、三河の殿様はようやく大きな川の目の前まで戻っていた。


 お殿様が河原の草むらに隠れていると、誰かの声がした。

「お侍さん、お助けくだされ・・・」

 弱々しい声で、誰かが三河の殿様に助けを求めてくる。


「誰かおるのか?」

 三河の殿様は太刀に手をかけて、草むらを進む。


 すると、一匹の猫が怪我をしていた。猫には流れ矢が当たっていた。三河の殿様は不憫に思い、猫を手当して、自分の陣羽織を被せてやった。

 殿様が猫の手当てをしていると、また甲斐の騎馬武者たちがやってきた。殿様は猫と共に身を隠す。


 騎馬武者たちは気配を感じたのか、草むらに近づいてくる。

「誰かおるのか?」

 騎馬武者が槍を草むらに向けたときだ。

「ニャ~オ・・・!」

 手当てした猫が鳴いた。

 甲斐の騎馬武者はそれを聞き逃さない。

「なんだ、猫か・・・」と、呆れたように呟いた騎馬武者は草むらから槍を引いて、踵を返した。

 三河の殿様は、猫の機転で命拾いした。



         ※※※※※



 三河の殿様は川のほとりをしばらく移動した。怪我をした猫は、馬の鞍に乗せていた。

 川を渡れば、濱松のお城へ戻れる。しかし、川の水は増しており、なかなか渡る場所を見つけられない。しかも、辺りは暗くなり始めている。


 その時だ。三度、甲州の騎馬武者が迫り来た。騎馬武者達は三河の殿様の姿を捉えていた。

 いよいよ困った三河の殿様。どこか渡れる場所はないだろうか?

 三河の殿様が辺りを見回して、向こう岸を見たときだ。そこには無数の篝火と、大地を割るような鬨の声が聞こえてきた。濱松のお城から味方が迎えに来たのだ。


 甲州の騎馬武者たちにも、それが見えていた。馬を止める騎馬武者達。

「いくら甲州の騎馬武者が強しと言えど、あれだけの敵には勝てぬ。多勢に無勢じゃ」

 甲斐の騎馬武者たちは渡河を諦めて駿河のお城へ引き返した。


 甲斐の騎馬武者が去り、胸を撫で下ろした三河の殿様。やがて、殿様は川の浅瀬を見つけると、そこを渡った。お味方の待つ陣へと向かう内、殿様は異変に気づく。

 川の向こう岸で待っていたのは、御家来衆ではなく、無数の猫たちだった。篝火に見えたのは、闇夜に輝く猫の目で、鬨の声は猫の鳴き声だった。


 三河の殿様が馬から降りると、一匹の虎猫が近づいてきて、お辞儀をした。

「濱松のお殿様とお見受けします。私どもの仲間がお殿様にお助けいただきました。ですが、悲しいことに事切れています」

 虎猫は鞍に乗った猫を指さして言った。


 虎猫の言うとおり、鞍に乗せていた猫は息絶えていた。

「お殿様にお願いがございます」

 虎猫は三河の殿様に願い出た。

「何じゃ?遠慮なく申すが良い」

「この猫を弔う塚をお立てください」

 虎猫はそう言って頭を下げる。

「さすれば、東海道の猫は殿様の天下取りにご尽力致します」

「承知した。この猫や、その方たちの働きに報いよう」

 三河の殿様は、虎猫の願い出を快く聞き入れました。


 お城に戻った殿様は、家臣に命じて猫を弔うために塚を築きました。家臣や領民たちは、その塚を「猫地蔵さん」と呼んで大切にしたそうです。


 むかし、むかし、遠江国・天龍川のそばに伝わるお話です。



        ━ 完 ━





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