月曜日の非実在・昔ばなし
鉄弾
第1話 お手打ち河原のお地蔵さん
むかしのむかしのお話。江戸の街へ家康公が来るずっと以前の出来事です。
その頃、江戸から少し離れた場所に『
御手打河原を守るお殿様は、北条のお
そしてお殿様には、奥方さまがおりました。それは大層美しく、お唄が上手い奥方さまでした
お殿様は奥方さまのお唄が好きでした。お城でお仕えする御家来衆も、女や子ども達も、奥方さまのお唄が好きでした。
そんなあるときです。突然、上杉の軍勢がお城に攻め寄せました。すると、城は呆気なく落ちてしまいました。
奥方さまは落城の折、お城から少し離れた村に身を寄せていました。そこで実家の家来が迎えに来るのを待つことにしたのです。
奥方さまは、村外れに住む青年と暮らし始めました。その青年は働き者で、朝早くから真面目に畑仕事をしていました。
青年は美しい奥方さまが好きなりました。奥方さまも青年が好きなったそうです。身分の差はあれど、二人は楽しく暮らしていました。
それから暫くして、村に一人のお侍さんがやって来ました。大きな大きなお侍さんで、見上げるようなお侍さんでした。
お侍さんは鎧兜姿で、大きな太刀を背負っていました。そして、
「
「はい、おります。村外れに住む若い男のもとに身を寄せています」
「
お侍さんは
※※※※※
その日の夜です。村外れの家から唄声がしました。奥方さまは
その声は、お迎えに来たお侍さんにも聞こえていました。唄声を耳にして、
月の美しい夜でした。奥方さまと青年が寝静まった頃、何処からともなく、鎧兜の音がします。
奥方さまは音が気になり、外に出ました。すると、白いお月様がとても綺麗で、奥方さまは、それに見惚れていました。
「まあ、お月様が綺麗なこと・・・」
「奥方さま―」
不意に声がして、奥方さまは驚きました。
月に照らされて、平伏する鎧兜姿のお侍さんが見えたのです。
「お久しゅうございます。
「ひいっ!」
奥方さまは腰を抜かしました。この
「奥方さまのおかげで、お城は落ちてございます。お殿様も、他のご家中、女や子ども、皆、討ち死いたしました」
頼明は平伏したまま、話しました。決して奥方さまの顔を見ようとはしないのです。
奥方さまは逃げようとしました。しかし、腰が抜けて動けません。
「許せ、頼明。父上に頼まれて、お城のことを話してしまった・・・」
「奥方さま。お殿様がお待ちです。また、お殿様の前にて、お唄を」
「そんな!お殿様は―」
奥方さまは震えながら話しました。
「お連れいたします」
頼明は顔を上げると、立ち上がりました。
※※※※※
奥方さまが気づくと、お月様がまた見えました。誰かに背負われているのか、村から離れて行くように思われました。
「奥方さま―」
またも頼明の声がしました。
「頼明よ、私を
頼明に背負われていると思った奥方さまは、声をかけました。
「お手打ち河原のお地蔵さんへ参ります」と、だけ答えた頼明。
やがて、奥方さまは様子がおかしいと思いました。背負われているはずなのに、どうしてこうも体がぶらぶらと揺れるのか?
「ああああああっ!」
奥方さまは、悲鳴をあげました。
奥方さまは自分が首だけになっていることに、ようやく気づいたのです。
頼明は奥方さまの首を刎ねて、長く美しい黒髪をあの大きな太刀の鞘に吊るしていたのです。
「奥方さま、今しばらくのご辛抱。じきにお手打ち河原のお地蔵さんに着きます」
頼明はそう答えて、奥方さまの首を吊るした太刀を肩にかけていました。まるで、それは釣り竿の先に魚を吊るしているようにも見えました。
「ああっ、何て
奥方さまは首だけで泣き叫びます。
「何を仰せか。
ぶらぶらと奥方さまの首を吊り下げて、頼明は夜道を歩きます。
やがて、頼明はお手打ち河原のお地蔵さんの前に来ました。
このお地蔵さんは、討ち死にしたお殿様や、他のご家中、女や子どもを弔うため、頼明が建てたものでした。
頼明はお地蔵さんの前へ着くと、奥方さまの首をお供えしました。
「お殿様と、他のご家中は、ここにおりまする」
「お殿様・・・」
奥方さまは、震えながらお地蔵さんを見ています。お地蔵さんは目と鼻の先です。
「ひいいいっ!助けてくれ!」
奥方さまは泣きながら頼明に尋ねました。
「頼明よ、私の体は何処に?」
すると、頼明はこう答えます。
「亡きお殿様のお
すると、奥方さまの首の周りに蒼白い火の玉が集まってきます。
「殿や、ご家中の皆が、お越しに御座いますぞ」
頼明は首だけになってしまった奥方さまに言います。
「ひいいいっ!助けて!赦して」
奥方さまは火の玉を見て、酷く怯えました。
(ならば、唄え・・・)
何処からともなく、お殿様の声がしました。
「うううっ・・・!」
奥方さまは泣きながら唄いはじめました。その声に無数の火の玉が集まります。
奥方さまは亡くなったお殿様やご家中の者たちのために、一晩中、唄い続けました。
夜が明けて、頼明は奥方さまの首をお地蔵さんの隣に埋めました。亡くなったお殿様と奥方さまが、もう
首を埋めて、頼明はお味方のいる箱根へと落ち延びたそうです。
のちに全てを知った村人や青年は、戦で亡くなった者や、奥方さまを弔うために毎日、お地蔵さんへお花やお線香を絶やさなかったそうです。
そして、月が美しい夜には、奥方さまの唄う声が、御手打ち河原のお地蔵さんから聞こえてくるそうです。
むかし、むかし、お手打ち河原のお地蔵さんに伝わるお話です。
━ 完 ━
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