九月一日
エピローグ
第二〇五話 記憶(最終話)
違和感と、喪失感。
夏休みボケと言われそうだけれど、何かが違う、何かを忘れている気がする。
九月一日、午後一時過ぎ。今日は夏休み明けで、学校は四限まで。
掃除当番では無いし、部活には入っていない。だから終了とほぼ同時にカバンを持って、教室を出る。
別に俺が寂しい奴という訳じゃない。うちのクラスではすぐに下校派が半数近く。うち俺と同様、誰ともつるまず真っ直ぐ駅直行が半数くらい。
誰かと話しながら歩くと、どうしてもゆっくりになる。
そして学校から駅までの道は、もう一つの県立高校とも共通だから、ちょっと油断すると歩道が激混みだ。
故に学校修了後は即下校し、駅近くまで行ってしまうのが正しい。
だからさっさと緩い下り坂の歩道を歩いて、駅へ向かう。
強烈な違和感にかられたのは、まさにその歩いている時だった。
確か俺は、学校まで自転車で通っていたのではなかっただろうか。
そんな気がしたのだ。
中学校までは徒歩だった。
高校も駅まで10分程度だし途中は坂だしで、歩きの方が楽。
だから自転車通学なんて、する筈はないのに。
しかし違和感はおさまらない。
そもそも今の高校、確か体調不良で落ちたような気がするのだ。
中学校でうつされた風邪で、体調不良になって。
制服もブレザーだった気がする。今はワイシャツに学生ズボンだけれど。
歩きながら記憶を確かめる。
今の高校に通った記憶は、確かにある。クラスの連中の顔も思い出せる。
しかし違う学校に通ったような記憶も、確かにある。
こちらは断片的で、具体的なものは何一つ思い出せないのだけれど。
夢か何かが、実際の記憶と混じってしまったのだろうか。
そう思いつつ、歩道が片方分しかない難所の、国道の下を通るトンネルを足早に抜け、駅の方へ。
ここからは駅の近くまで、付近の住民の車しか通らない道だ。
だからか横方向に広がって歩いている生徒も多い。
歩くのに邪魔だし、付近の住民からも苦情が来ていると学校からも注意されているのだけれど。
そうやって横方向に並んで話をしながら歩いて行く連中を、ガンガン追い越して歩いて行く。
そして駅前へと続く、そこそこ太い通りへ。
スマホで時間を確認。午後一時一五分。俺の家までの乗り継ぎを考えると、次は午後二時四分発。
ファストフード店などで昼食を食べられるような小遣いは貰っていない。
駅ビルの本屋で、本でも読んで時間を潰すか。やっぱり腹が減っているから、駅そばでも食べるか。
そんな事を思いつつ、ちょうど車が切れた通りを渡り、駅方向へ向かった時。
前方に三人組の女子が歩いていた。制服を見ると、うちの付属中学のようだ。
中学も今日からで、少し早く終わったのだろう。
三人組だけれど横にあまり広がらず、少し前後にずれて歩いている。
お互い会話は出来るけれど、歩道上でも横を通り抜けられるよう空けているようだ。
悪く無い心がけだなと思いつつ、急ぐ事もないので追い抜かさずに、距離をとってゆっくり駅へ向かう。
違和感は、まだ消えない。
同じ駅に向かうにしても、道が違う気がする。
バス道は車が多いから、裏の住宅地から公園の前を抜けて最後に坂を下って……
そんな事を考えながら歩いている時、ふと前を歩いている三人組の一人の横顔が目に入った。
そちらの女子に向かって、何か話しているのだろう。楽しそうだ。
瞬間、強烈な感情が俺を襲った。
達成感もしくは満足感、ひらたく言えば『良かった』といった感じの、言語化しにくい、でも強い思い。
何故かはわからない。それでも俺は、確かに感じたのだ。
同時にそれまで確かにあった違和感や、喪失感が消えた。
理由も理屈も全くわからない。でも確かに俺は納得したのだ。
違和感や喪失感に対して、何かわからない決着をつけて。
彼女が誰なのか、何の意味があるのか、わからないままに。
自分でもわけがわからない。だから少し落ち着いた方がいいと理性が訴える。
もう少し行けば、同人誌とかを売っている本屋やドトール等が入ったビルの入口だ。
三階あたりの人がいない階段あたりで、少し感情を落ち着けよう。
何ならお金がもったいないけれど、ドトールの一人席で、落ち着くまで時間を潰してもいい。
そう思って、そして何とか涙を堪えきったと思いつつ、一歩脚を踏み出した時。
先程の女子が、こっちを振り向いた。俺と、目が合う。
「……田谷さん、ですよね」
頭の中が一瞬、真っ白になる。
次に景色が目に入った時、俺は思い出していた。複製された別の世界で過ごした、一ヶ月ちょっとの夏休みを。
怒濤のように思い出す中、どう西島さんに声をかければいいか、わからない。
だから俺は、無難だけれど内容が無い言葉を、口から出す。
「西島さん、久しぶり」
西島さんは頷いて、そして並んで歩いていた二人に何やら話している様子。
二言三言程度で、三人とも頷いた。西島さんは二人に軽く手を振って、そしてこちらに向かって走り出す。
あの世界での戦いの時とは違う、ちょっと運動神経悪そうな、ちょこちょことした小走りで。
俺の手前三メートル位のところでとまって、ふうっと息をついてから、西島さんは俺を見上げて、口を開いた。
「話したい事が、いっぱいあるんです。だからちょっと、つきあってください」
確かに俺も、話したい事があるような気がする。まだ上手く整理がついていないけれど。
「わかった」
「そこの二階のドトールがいいと思います。駅ビルのマックやスタバより安いですし、人が少ないですから……」
(EOF)
八月のレプリカ ~人がほとんどいない複製世界で魔物と戦いつつ二人で旅をする夏休み~ 於田縫紀 @otanuki
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