第二〇四話 終幕

 五体のアークバガブが倒れた。

 これで前方に動いている魔物はいない。

 察知+で反応する魔物は、全て倒したか寝せたかしている。

 

 俺は背後を振り返る。

 天守台の上にアラヤさん、そして天守台に登る坂の途中にある石垣の影に、西島さんがいた。


 西島さんの前、天守台の上から降りてくる通路が、凍り付いている。

 アラヤさんの攻撃で、それ以上近づけないようだ。


「今行く!」


 天守台に素直に登るルートは、西島さんが今いるルートしか無い。

 しかし俺の魔力は、まだ残っている。

 これなら多少の攻撃魔法を食らっても、範囲防御で防げるだろう。


 そして天守台の向こう側にいる魔物は、察知+では敵と反応しない。

 あくまで天守台より向こう側から来る敵のみ、対応する模様だ。

 

 なら、現在俺に対応可能な敵は、アラヤさん本人だけ。そしてアラヤさんは魔物を一八〇〇体以上支配している。それほど魔力は残っていない筈だ。


 アラヤさんの攻撃魔法が全部俺に当たったとしても、範囲防御で押し切れる筈。

 そう信じて、全速で駆け抜ける。天守台の左側へ直進し、サツキの低い生け垣を飛び越し、その奥の石垣の横へ。

 天守台の南端で西島さんを相手にしているアラヤさんからは、此処は石垣の影で死角だ。


 天守台の最上部までの石垣の真横で、石垣に向かって地を蹴る。石垣表面を駆け抜けるように上へと上がって、右前側を向く。


 振り返ったアラヤさんとの間は、もう二〇メートルない。障害は手すりを兼ねた柵だけ。

 アラヤさんが反応する前にダッシュして飛び越え、そしてアラヤさんの前三メートル程前へ。


「ゲームセットで、いいですか」


 アラヤさんは頷いた。


「ええ、私の負けです。私はあと一回、中程度のアイスブリザードの魔法を使えます。ですが田谷さんにはきっと、それを充分防ぐ事が可能な魔法と魔力があるのでしょう。

 この裏で北桔橋門を守っている魔物に命令しても、こちらへ来る前に、田谷さんの魔法で眠らせる事が可能です。

 私がここから勝つ方法は、ありません」


 その通りで、察知+で感知する敵は、目の前のアラヤさんだけだ。

 そして西島さんが、天守台の上まで上ってきた。なら此処から先は、西島さんに任せよう。

 

「それじゃ、お願いがあります。一緒に、元の世界に帰っていただけませんか。酷なお願いだとは思います。けれど、それでも アラヤさんにはここで死んで欲しくないし、また会いたいんです。会える可能性は低いかもしれないけれど、それでも会えると思いたいんです」


 アラヤさんは西島さんと、そして俺の方を見る。


「ひとつ聞いていいですか」


「はい」


「何故、私と会いたいと思ったのでしょうか。メールでも書いたとおり、私は大して面白みがない人間です。その癖自分を変える事も、息詰まるような壁を乗り越える事も出来ず、ただ燻っているだけで、何もしないし出来ない。見た目がいい訳でも無く、社交的でも無い。

 そんな私にわざわざ会う意味って、きっと限りなく薄いと思うのです」


 西島さんは少し考えてから、口を開いた。


「私と同じように、元の世界に戻りたくない人だということで、同情とか共感があったからかもしれません。メールで話しているうちに、いわゆる情が移ったという状態になったのかもしれません」

 

 ゆっくりと、自分の言葉を確かめながらといった感じで、西島さんは話し続ける。


「でもきっと、ちゃんとした理由なんて無いんです。一番大きくて確実な理由を挙げるなら、会ってしまったから。きっとそれだけなんです」


「会ってしまったから。それだけなんですか?」


「ええ」


 西島さんは頷く。

 

「田谷さんだって、上野台さんだって、アラヤさんは会っていないけれどシンヤさんだって、きっと同じなんです。会ってしまったから。理由はそれだけなんです。

 もちろん会ったからと言って、仲良くなれるとは限りません。この世界になってからですけれど、私は銃で人を殺した事だってあります。追いかけられて、相手の車を魔法で操縦不能にしてもらって、ほっとしたなんて事だってあります」


 氷山での事、西島さんに倒させてしまった事は、俺の失敗だ。

 あの時どうすれば、西島さんに倒させないで済んだだろう。


 西島さんの言葉は、更に続いている。


「会った人全てに、また会いたいという訳ではありません。それでも会いたいという理由の根本を聞かれると、やはりそれくらいしか理由が無いんです。

 多分、理由なんて本当は無いし、必要ないんです。それでも私は、向こうの世界でもアラヤさんに会いたいと思う。それだけです」


 論理と言うより力技だなと感じる。

 でも実際、そんなものなのかもしれない。

 本当の理由なんて、俺にも考えつかないから。

 

「西島さんの言う通りなのでしょうね。きっと理由なんてものは、あるとしても後付けなんでしょう。なら西島さんも、向こうの世界に帰るつもりなんですね」


 西島さんは、頷いた。

 

「ええ。病気が治るかはわかりません。此処の記憶だってきっと残っていないでしょう。それでも、きっと今までの自分からは、何かが変わっている。そう思いますから」


 これでこちらは一件落着だろうか。

 そう思ったところで、スマホが振動した。

 上野台さんからだ。


『名古屋から来た奴の魔物については、丸の内一丁目ガード下付近で掃討完了。操っていた奴はトラックで逃走。五キロ圏内にはいない。また他に近づいてきそうな奴も、今のところいない。

 そっちの動きは止まったようだけれど、状況は如何? 落ち着いたら連絡求む』


「向こうも終わったみたいですね。連絡はしておきます」


 そう西島さんとアラヤさんに言ったところで、ぐらりとめまいがした気がした。

 いや、地震か。全体が揺れている気がする。


 スマホがまた通知を受信した。緊急地震速報か? そう思いつつ、画面を確認。


『現時点をもって、日本第一ブロックの消去率が九五パーセントを超えました。この世界は消去され、生存者は元の世界に戻ります』


「終わりみたいですね」


「ええ。きっと鹿児島の方の魔物が、台風で倒れたのでしょう」


 いや、ちょっと待って欲しい。

 もしそうだとしたら、願いを叶えるという特典は使えるのだろうか。

 使えるとしたら、願いは何処で報告すればいいのだ。

 俺はスマホ画面を凝視する。


『特典の願いは、本人の思考と言動により、自動的に判断されます。なお特典が適用されるかどうかは、通知されません』


 全部お任せか!

 そう叫びたくなった俺の耳に、アラヤさんと西島さんの会話が聞こえる。


「西島さんは、もし特典で願いが叶うとするならば、どんな願いをするのでしょうか。決まっていればでいいですけれど」


「ええ、決まっています。ここで会った人に、もう一度……」


 視界が白くなって、音が消えて。

 そして俺は、何も考えられなくなって……

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