最終話 退屈なんてする暇ない
「来年の今頃には、自家用船で帰省できるかも知れないな」
そろそろ電車の時間だった。チョコレート専門店
入り口のブラインドを上げようとしていた千夜は、聞き慣れない単語に手を止めた。
「自家用船?」
「個人所有の宇宙船のことだよ。この仕事、かなり稼げるからさ。来年のエスリへの
ギーは手のひらの球体をポケットにしまいながら笑った。給与明細と預金口座を確認していたのだ。
「この仕事って」
「チョコ屋じゃないよ。本職の方」
地球での試験をパスした結果、ギーが手に入れた願望成就のエネルギーは、相当な量だった。複雑な感情が絡み合った千夜の願望は、切実で難解なものだったのだ。
近年稀に見るほど大量のエネルギーをエスリにもたらすことができたギーは、その功績を高く評価された。その結果彼の今後に関して、特例が出されることになったのだった。
それは――――
『
地球駐在観察員とは、地球での人類の動きを地球人に紛れて観察し、エスリへ定期的に報告を行う者である。
地球人の祖先となる移住者たちが地球へとやってきた頃から、いつの時代も地球には観察員として母星と通信し続けたエスリ人がいたのだ。エスリが地球の観察を続けるにあたって、大変重要な役割だった。
イトウはこの職業について千夜に説明をする時、
『君の国で言えば、国家公務員みたいなものだよ。地球に住むことが大前提になるから、不人気分野だけどね』
と言っていた。地球の香りに抵抗がないという点でも、ギーはこの任務に適性があると認められたのだ。
そんな訳で、ギーは引き続き表向きで『チョコレート専門店GII』を営みつつ、観察員として地球に留まることとなったのだった。
更にギーにとって、最高に嬉しい特例が追加された。それは、千夜の記憶を消さないままでいられること、そして彼女を伴ったエスリへの一時帰省も認められたことだった。
***
「自家用船を買ったら、千夜ちゃんも一緒にエスリを旅行しようよ」
現在エスリからギーに貸与されている宇宙船は、一人乗りなのだ。千夜を伴っての帰星が認められたと言っても、それはギーが自分だけの宇宙船を所有できるようになってからの話である。
「……私、宇宙に行くの?」
ギーと恋人関係になってから、千夜もエスリの人々と交流する機会が増えていた。ギーの家族やサポートセンターのイトウを始め、友人たちや親戚一同。そして時には、地球旅行中の知人を対面で紹介されることもあった。
宇宙や異星について、千夜なりに理解を深めている自覚はある。しかし自ら宇宙船に乗り込んで、宇宙空間に飛び出し、別の惑星へ出かけるなんて。
「実感わかないな」
「電車で出かけるのと、そんなに変わらないよ。完全自動運転だし」
「そうかなあ。そういうもの?」
「ワープ使うから片道二時間くらいだ。土日で行って帰ってこれる」
「泊まり?」
「日帰りは流石に疲れるよ。一泊でもすれば、それなりに宇宙旅行を楽しめると思うけど?」
ブラインドが上がりきる直前、身を屈めたギーは再び千夜の頰に口づけた。
「ねえ、千夜ちゃん」
小さな手を取り、彼女を見つめる。
入り口のガラス戸から、眩しい朝の光が入り込んでいた。
「照れてる場合じゃないよ。これからもっと、二人で楽しい時間を過ごそう。退屈させない。確約できる。宇宙にも連れて行ってあげられるんだから」
「退屈なんて、してる暇なさそうだね」
「そうだよ。覚悟して!」
甘い香りで満たされたその空間に、二人の楽しげな笑い声が重なり合った。
(終)
千夜とチョコと異星人 松下真奈 @nao_naj1031
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