第2話

「先週も会ってたのか」


家につくなり、怒気を孕んだ声を吹雪は吐いた。その冷たい声に萎縮する自分を認識すると塔子は腹が立ってきた。


(何も悪いことはしていない)


知り合いと会話しただけなのだ。小さな子供でもそのぐらいの自由はあるだろう。塔子に湧いた気持ちは当たり前な意志の芽生えであったし、吹雪の顔色を伺っている自分自身にショックをうけたのだ。


「偶然花見小路で会ったのよ。でも何?偶然でなかったとしたら、私には好きに人に会う自由もないわけ?」


「あの男が好きなのか」


「#好きな__・・・__#人に会う自由じゃないわよ、#好きに__・・・__#人に会う自由よ」


注釈を入れている自分に塔子は苛つくし、吹雪の嫉妬深さもうざったく感じる。夕ご飯の準備に行こうとする塔子の腕を吹雪は掴む。


「お前に自由なぞ与えるものか。お前は誰のものだ?お前の母が腹の子を捧げた時から私のものだろう」


食い込む指が痛い。引き離そうと腕を振ると、それ以上の力で無理やり抱き寄せられる。目の前に迫る吹雪の鋭い眼差しに、塔子は怯むことはない。


「最低ね。監視して、暴力を振るって、千弦さんの元カレと同じじゃない。なんで吹雪と一緒にいるか分かんなくなってきた」


塔子の涙は悔し涙だった。


「絶対にお前を離さない」

「どんどん嫌われるだけだけど、大丈夫?」


2人は睨み合う。こんな喧嘩をするのは初めてだった。いつも、塔子はもう仕方ないなあと流してきたのだ。


「そこまでしてアイツを庇うのか」


的外れすぎる吹雪の嫉妬に、塔子は心底あきれた。他の男と話をすること云々の話では無いのだ。


「私は吹雪の所有物じゃない」


「いや所有物だ。紫苑がお前の所有権を山狗にお前を放り投げたことも忘れたのか?3年前はお前の権利を紫苑も主張してたな?私が鞍馬の山までお前を取り戻しに行かない方が良かったか?」


「紅丸のこと、そんな風に言わないで」


吹雪に山狗呼ばわりされたのが気に入らない。紅丸の名前を出すのは久しぶりだった。吹雪の前でその名を口にするのは3年ぶりかもしれない。


「お前は優しい紅丸さんが好きだものな、思い出して切なくなったか?」


吹雪は塔子の首を掴む。キスをしてこようとする。


「紅丸の話をしないで」

「なぜだ?その方が濡れるんじゃないか?だってお前紅丸に乱暴されるの好きだっただろう」


ここ最近穏やかに営業スマイルを浮かべていた吹雪とは違う。耳を出し逆毛も立てている。出会ったばかりの吹雪を彷彿とさせた。


「大事な思い出に、あなたは触らないで」

「私がお前を見るたびに泣いていたくせに」

「幸せだったことだけじゃない、痛みも悲しみも全部含めて大事よ」


吹雪が苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「愚かな女め」


吹雪かそれだけを絞り出すと、2人は呼吸が触れる程の近い距離で睨み合った。なぜこんな喧嘩になってしまった理由は分からなかった。紫苑なんて本当にどうでも良い相手だけど、塔子は紫苑の為でなく自分のために譲る気はなかった。


凶暴な衝動が吹雪を襲っていた。いっそのことこのまま全てを奪ってしまいたい。


「お前なんかどうにでも出来るのだぞ」

「怖くないわ。痛いのには慣れてる」


微に震えながらも真っ直ぐに吹雪を睨み気丈に言い切る塔子の姿をみながら、誰が塔子を慣れさせたのか考えるだけで吹雪の中に血が沸くような怒りと嫉妬が渦巻いて、煉獄の焔のように終わりなく永劫の苦しみを与えてくる気がした。


塔子を傷つけるつもりないか本当にない。だから、いっそのこと力の限り暴れて無関係の奴らを食い散らかし、戯れに殺してやりたかった。それを塔子はきっと赦しはしないだろう。愛するが故に手枷や足枷をはめられたまま、良い神様になりましょうなんて言う塔子の酔狂に従う自分が道化のように感じる。


長い沈黙をやぶり、絞り出すように吹雪は声を出す。


「私はお前が笑って過ごしてくれるだけでいいのに、お前の願いは何でも叶えるし、お前だけを見てお前の為に生き、最後はお前と一緒に死ぬのに」


その言葉に塔子は吹雪を睨みつけたまま、ポロポロと涙をこぼしながら答える。


「望んでいない」


小さい塔子の声は、吹雪の耳にはハッキリと聞こえた。そしてそれは吹雪の心を抉るのには充分鋭かった。

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