第19話 魔王の常識、世間の非常識

「それでどうですか学園生活は?」


 夕食後のシンの部屋。

 フェルトがシンの前に置かれたカップに紅茶を注ぎながら訪ねる。

 シンはカップを手に取り、立ち昇る芳醇な香りを堪能した後、ゆっくりと紅茶を口に含む。


「どうですかって言われてもなあ。教師をやること自体初めてだし、あんな大勢に一度に何かを教えた経験もないし。まあ、緊張するよ。これから毎日あの緊張が続くと思うと気が滅入るな」


 そう言って肩を竦める仕草を見せるシン。

 正直何かの魔物と戦う方がよっぽど気が楽だと心から思っている。


「でもそれは最初から分かっていたことでしょう?嫌だったら引き受けなくても良かったのではないですか?キナミ家がエバハート大公との縁をもつことの有益性は分かってますけど、シンさんはそういうことに興味が無いですよね。あれほど嫌がっていた名誉貴族を受け入れたのだって子供たちの為だってだけの理由ですし」


 それにシンならば、どんな問題が起ころうとも力づくで解決出来るだろうとフェルトは思っている。

 それが例え権力争いに巻き込まれるようなことであっても、シンが嫌だと言えば相手はその時点で手詰まりなのだから。


「その子供たちの将来の為さ。俺の名誉貴族なんて大層な爵位だって、俺が死んでしまえば無くなってしまう。そうなると遺されたあの子たちは何の肩書も無くなっちゃうからね。今の内に後ろ盾になるようなものを作っておいた方が良いでしょ?」


「……はい?」


「ん?何?」


 出会ってから初めて見るフェルトの呆けたような表情。

 シンは自分が何を言ったかを心の中で繰り返してみるが、どうしてフェルトがそんな顔になっているのか分からなかった。


「俺、何か変な事言った?」


「言いましたね。かなりおかしな事を言いましたよ」


 真顔に戻ったフェルトにそう言われても、やはりシンに思い当たる節はなかった。


「シンさんて死ぬことあるんですか?」


 そしてフェルトの口から飛び出した衝撃発言。


「はあ!?いや、そりゃ俺だって死ぬことくらいあるでしょ!?何を言ってんの!?」


「死ぬことくらい、ですか。結構軽い感じです?シンさんにとって死ぬことって。死んでも生き返れるとか?」


「いや、それは言葉のあやというやつであって――生き返る魔法なんて無いんだから、俺だって死んだらそれまでだよ」


「シンさんて今年で何歳でしたっけ?」


「……先日426歳になりました」


「寿命ってあるんですか?」


「……多分あるんじゃないかなぁっては思ってる」


「もしあったとして、普通の人間は80年くらい生きてたら長生きなんですけど、あの子たちの寿命と、シンさんのあるか無いか分からない寿命って、どちらの方が永いんでしょうねえ?」


 フェルトは部屋の天井を見上げ、その遥か先を見るような遠い目をしている。


「い、いや!他にも敵に殺されるって可能性だってあるじゃない!」


「伝説級の火龍を瞬殺し、大陸の最高戦力をもって相手しないといけなかったゴブリンジェネラルの、更に数倍の力を持っていたらしいゴブリンキングを倒したシンさんを殺す敵?もしそんなのが出てきたら、遺された子供たちとか言ってる前に世界ごと無くなってますよ」


 ちゃんちゃらおかしいとばかりのフェルトの言葉。


「シンさんはもう少し自分を知るべきなんです。自分がこの世界において如何に非常識で非現実的な逸脱した存在なのかって事を」


「……そんな人を幻の珍獣みたいに言わなくても」


「珍獣の方がまだ可愛げがある分マシですよ。ここの魔王様は、知らない内に人を自分の非常識に巻き込んでいってしまうんですからね」


 珍獣に一律可愛さを求めるのもどうかとは思うけれどとシンは思ったが、今気にするところはそこではなく――


「そんなことはしてな――」


「してます、よ、ね!私を知らないうちに戦う執事に改造してるし?ジャンヌとロイドはあの年で史上最年少のBランク冒険者になってますし?」


「あ、俺はÇランクだから抜かれちゃったんだ」


「シンさんは依頼を最低限しかこなしてないんだから当然でしょう。あと、ローラ、ルイス、ミアの三人もです。どこの世界に貴族の護衛よりも強い七歳児がいるんですか?それともシンさんが元居たっていう世界ではそれが普通なんですか?」


 そんなスーパー小学生が普通にいてたまるか。

 いや、みんなそれなら登下校も安全かもしれないけどとシンは思った。


「少しでも戦える方が安全かな?って……」


「少しなら安全かも知れませんけど、あんな子供があれだけの力を持っていたら周りが安全じゃありませんよ。今はこの屋敷の敷地から出ることは無いですけど、これから先、外に出た時にどんな行動を取るか分かりません。本人たちは悪いことをするような子じゃありませんけど、ここの普通を外に持ち出したらどうなると思います?」


 その言葉にシンは伝え忘れていたことを思い出した。


「そうそう。大公に会った時に提案されていたことがあったんだった。自分の事で手一杯で言うの忘れてた」


 フェルトは流れ的にとんでもなく嫌な予感がした。


「……それ、聞いた方が良いですか?」


「逆に聞かないって選択肢あるの?」


「……で、その提案とは何ですか?」


 シンの話は聞かない方が後で後悔するんだと思い知っているフェルトは、悪い話では無いことを心から神に祈った。


「あの三人を学園の初等部に入れないかって言われてたんだ。というか、もうお願いしますって返事しちゃったけど」


 膝からその場に崩れ落ちるフェルト。


 魔王の前で神に祈る。


 それが如何に無駄な事であるかを学んだフェルトだった。



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【第4章開幕】召喚された元異世界転生魔王さま~400年も魔族の世界で鍛えに鍛えて魔王と呼ばれた青年は、喚び出された世界で無双する~ 八月 猫 @hamrabi

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